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開き直り、あるいは居直るということについて     安積遊歩

開き直り、あるいは居直る
ということについて

安積遊歩



私は忖度することができない、というか、したくないからしない。

私は、すべての人を良い社会を作る仲間と見ているので、一人一人、自分の体を大事にして、次の世代、若い人達のために良い働きをして欲しいと思っている。

それなので、依存症や中毒などを持っている人には多分厳しくなってしまう。忖度しないから、最近彼らとの距離が随分開いてきているな、と感じ寂しいときもある。しかし、やめろやめろ、と言っても、それは全く役に立たないから、とにかく本当に大変になるまでは見守るしかない。

見守って、自分で決断がついたときに、丁寧に聞くということを、過去に何人かにした。丁寧に聞くと言っても、分析をしたりアドバイスをしたり、ということは一切なく、ひたすら泣いてもらったり、笑いまくってもらったり、ときにはめちゃくちゃ震えてもらった。そしてお酒もタバコも向精神薬も辞めてくれた人が数人ずつはいる。

泣いたり笑ったりがどんなに大事かをしみじみ思うのだ。その泣いたり笑ったりが得意なのが子どもたちだ。子どもたちは、一瞬一瞬を本当に楽しんで生きようとするので、そうできないときにはすぐに涙になるし、生の喜びをはしゃぐということで、よくよく表現している。

大人になるとそれが本当に難しくなり、生きる喜びから隔絶し、その緊張がさらに中毒物質を求めることになる。

何を言いたいのかと言うと、悲しいことや苦しいことを感じたら、開き直って、そこに居直って、泣いたり笑ったりいっぱいして欲しいということだ。そうした気持ちを我慢しないで、まず感じ尽くして欲しいということだ。

もちろんそれには、それを許してくれる聞き手が必要だ。しかし、誰もいなかったらまず、1人ででもトイレに篭ってでもやってみて欲しい。足をどんどん踏み鳴らして辛いと、身をよじったり、緊張するー、と体中を震わせたり、3分間でもそれをやり続けたら、かなりスッキリする。タバコよりはずっと体に良いはずだ。

毎晩晩酌をする人も、週に1回は休肝日を設けて試して欲しい。部屋でだけでなく、自然のあるところに行ったり、聞いてくれる人がいたら、ただただ黙って見守っててくれれば良いからね、と言って、5分間タイマーをかけ、「疲れたよ」と言いまくってみて欲しい。

自分の気持ちに開き直り居直って、自分の辛さを感じることができたら、人を支配したり抑圧したりすることはない。

私の母は、私が骨折するたびに私と同じくらいに、ときには私以上によく泣いていた。あまりの辛さで泣き叫ぶ私のそばで、「変わってあげたい」と言いながらずっと泣いていた。泣いている母を見るのがまた辛く、「泣くな」と言いながら私も泣いた。しかし私にそう言われたからと言って、母の涙が止まることはなかった。

親が子どもに対して厳しくなるのは理由がある。この涙や笑いや震えなどを、「聞いてあげることは一人前の大人になれなくしてしまう」みたいな、とてつもない抑圧があるせいだ。

すべて体に起こることには、意味がある。涙、笑い、震え、あくび。これを丁寧に聞けるようになったら、人との関係も変わり平和にもさらに近くのだが、これが得意な大人があまりにもいないことが、本当に残念だ。

障害者運動に出会ったとき、自分の体が人と違うことに開き直って、社会の側を変えれば良い、というその思想に驚愕し、そして無茶苦茶嬉しくなった。そうなんだ、自分は悪くないんだ、辛さをもたらすこの社会、例えば、駅にエレベーターがないこと、バスにリフトがないこと、ビルにも全く車椅子で使えるトイレがないこと。それらは自分の体が問題なわけではなくて、それらがないことが問題なんだと気づいて、頑張りに頑張って、アクセスを整えてきた。

しかし、本当に社会全体で、すべての命全体で、良くなろうという考えや意識はまだまだあまりに未熟すぎる。未熟さの極みに、環境問題が深刻化し、エレベーターやバスのリフト、多目的ルームの数が圧倒的に増えたことを無邪気に喜べない時代がやってきた。

コロナ自身が悪いとは全く思えない。自分たちがいる場所の非常な未熟さ、万物の霊長と思いあがっている人類の傲慢さに気づいていこう、という警告でもあると思う。だから、中毒物質に頼っている人たちにぜひお願いしたいこと。自分の辛さ、苦しさに居直って、開き直って、いっぱい泣いたり震えたりして、その物質を手放して欲しい。そしてよく考える力を取り戻して欲しい。あまりに辛い人生をごまかさず、どうしたら良いか、何ができるかを考える仲間にますますなって欲しい。

自分の辛さや、苦しさに居直るということは、考える力を取り戻すということでもある。小さな赤ん坊たちが泣くことを縦横無尽に使って、幸せであることを諦めず、生きようとしているように、私たちも柔軟な感性を取り戻し、考え続け行動していこう。

大人が使っている中毒物質のほとんどは、子どもにはよくないと止められている。

それくらいの知性は人類にまだ残っているのが希望だ。

ただし残念ながら、大量の砂糖摂取が人々の体をむしばみ続けている。特に子どもたちにおいては深刻だ。甘くない砂糖の話という映画がある。自分が砂糖中毒と思っている人は、いや、思ってない人もすべて、この映画は必見だ。

タバコやお酒、そして化学物質(薬・添加物等)に巻き込まれないところで行動すれば、地球環境も生き物も命も、守られるに違いないのだから。