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はんぶんこ

はんぶんこ

高浜敏之



私には1歳9か月と3か月の二人の娘がいる。二人の急速な成長は目を瞠るばかりであり、まもなく2歳になろうとしている長女はここ最近ことばの習得の速度がまし、日に日に自分が出会ったモノやコトを名づける新しいワードを獲得し、フル活用している。

そんななかでも、彼女のお気に入りの最頻出ワードが、はんぶんこ、である。朝食を家族で共にするときなどは、必ず自分の目の前にあるトーストを、はんぶんこ、と連呼しながら文字通り半分に割き、その片割れを私や妻に、はんぶんこ、と言いながら渡し、私たちがそれを口にしないと自分では食べようとしない。

そんなありふれた日常を送るなかで、はんぶんこする=シェアする、ということが人間にとっていかに本質的な営みであるのかということを再確認する。そして、このはんぶんこカルチャーの重要性に対する学びの機会を与えれてくれたのが、私にとっては障害当事者の方々だった。

私は現在参議院議員を務めてらっしゃいる木村英子さんが代表を務める自立ステーションつばさという団体で30歳のときにに介助という仕事と出会い、そして、共に生きる、という標語と出会った。正直、最初はすごく違和感があった。それまでやってきた仕事のような生産性や効率性や速度を過剰に要求されることなく、支えたり、支えられたりする関係性を持続し、場所と時間を、はんぶんこ、していることに、自身がこれまで内面化してきた、働くことの定義、がフィットしない。しかし、食事介助したり、排せつ介助したり、移動介助したり、人間が生きていく上で必要不可欠な営みのサポートをすることに、それまでの仕事には感じたことのない、疑いようのない確かさを実感することもできた。

重度訪問介護、というサービスの核心的な部分である、見守る、信頼関係を紡ぎながらただそこにいる、という時間についても、当初は無為や空虚すら感じたが、次第に、自分がただそこにいるということが、一人の存在の社会参加と生活や生命そのものを支えているというたしかな意義を実感できるようになった。

そんな私が木村さんの紹介で日本の障害者運動のパイオニアの一人である新田勲さんと出会い、全国公的介護保障要求者組合という団体の事務局を担うことになり、数年間新田さんの運動のお手伝いをさせていただくことになる。

一時運動と介助と家族の生活を支えるためにやってた副業の疲れで体調を壊し、1か月で10キロ近く体重が減り、仕事をお休みいただいていた。復帰して新田さんと再会したとき、急激に痩せた私をみて新田さんが驚いた表情を浮かべていた。会議が終わって新田さんに呼ばれ、足文字でこう言われたのを、覚えてる。

たかはまくん はらがへったら いつでも うちにきてよ めしだったら いくらでも くわせるから こまったときは おたがいさま でしょ

うちの娘は半分に割いたパンを私が食べないと泣いて怒るが、その時の新田さんも半分涙ぐんでたように思えた。

もう一人の自立生活運動のパイオニア、安積遊歩さんとのおつきあいもまもなく20年近くになる。安積さんとは、木村さんの団体で働いてるときにスウェーデンの自立生活運動のリーダーであるアドルフラツカさんが来日され、自立ステーションつばさの仲間たちとラツカさんの講演を聞きにいったときに安積さんがパネリストの一人としていたことが彼女の存在を知る契機となった。

その後ひょんなことから親交を深めることになり、いまでは家族ぐるみのおつきあいをさせていただいているが、人生の師の一人としてリスペクトする彼女から学んだことの一つが、感情を表出する機会を持つために、時間を、はんぶんこ、することである。抑圧された感情は私たちの思考から柔軟性を奪い、過去の傷に囚われた思考は冷静な判断ができない。自由に、柔軟に、考え、創造的に行動するには、過去の傷から回復し、そのための感情を表に出す時間を他者と分かちあう必要がある。この安積さんがアメリカから日本に紹介された再評価カウンセリングの思想と出会い、その実践を通じて、私自身は自分の傷ついた経験を過去形の出来事に変換し、未来志向の生き方ができるようになったように思える。

とにもかくにも、私が木村さんや新田さんや安積さんから学んだことは、時間や空間や存在を分かち合う、はんぶんこカルチャー、であり、いまそれは生まれたばかりの娘たちに、それが人間の本質に基づく、あたりまえ、のことであることを、再認識させてもらってる。

しかし、一方において、私たちが生きる社会は、孤立や疎外が最大の課題となるような、様相を帯びている。私たちがソーシャルビジネスを通じて解決しようとしている介護難民問題、介護離職問題、あるいは介護殺人問題も、そのすべては、はんぶんこ、できない現実がその温床となっている。

私個人としては、新田さんたちが命がけで作り上げてくれた、重度訪問介護、という社会的資産をフル活用し、障害当事者や長女から学んだ、はんぶんこカルチャーを、土屋訪問介護事業所の仲間たちと、そして、その他この事業を担う様々な人たちとのつながりのなかで、広めていきたいと思う。

共生社会の実現とは、はんぶんこ、することであり、重度訪問介護とは、はんぶんこ、できる関係を可能とするために生まれたサービスであり、このサービスの担い手である私たちのミッションは、はんぶんこカルチャーを広めることにある、と考えている。