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にもかかわらず/というわけで、私たちは生産性を追求します

にもかかわらず/というわけで、私たちは生産性を追求します

高浜敏之



先日弊社テクノロジー部門のシステムエンジニアさんが、苦笑交じりでこんな雑談をしてた。

「れいわ新選組の躍進すごいよね。しかし、生産性ではかられない、生きているだけでいい社会を作る!と叫んでるの聞いてて、重度障害者にサービス提供している自分たちが、ギリギリまで生産性を追求していることが、なんだがビミョウーだなと。」

たしかに、ユースタイルラボラトリーは、社長のリーダーシップのもと、創設以来一貫して、生産性、すなわち限られた時間内での付加価値の最大化とそのための徹底した効率性追求と業務改善を、スピーディーなPDCAサイクルを回しながら実施してきた。

土屋訪問介護事業所が重度訪問介護サービスの提供を通じて実現したい社会のイメージ、全ての必要な人に必要なケアをというミッションの遂行は、山本太郎さんが掲げるビジョン、生きていることそのものが肯定される社会の創造と、ほぼ完全に一致する。そして障害者運動やホームレス支援活動を通じて私が実現したいと探求してきた社会像も、寸分も違わないと考えている。

そのような存在肯定的な目標と、その過程における効率追求、生産性追求のビジネススタイルのミスマッチが上記エンジニアさんの違和感の根拠かもしれない。

たしかに、生産性原理主義は、障害を持った方々の命を奪ってきた優生思想に帰着する危険性がある。無駄を省いて利益を最大化する経済合理主義は、経済的価値を生まない、すなわち生産性のない存在を廃棄していくリスクがある。

なので、障害当事者やその支援者はつねに経済活動やビジネスや効率性というワードに嫌悪感を抱いてきた。自分自身の存在や属性を否定する可能性のあることに否定的感情を抱くのは当然ともいえる。

それだけではない。ケアの現場は、基本、ゆっくりとした時間が流れている。ハイテンポな速度で時間が進行するビジネスの領域とは異なる時間性を持つ。むしろケアの出発点は、私たちが日常の労働空間の中で慣れ親しんだ時間の枠組みから一時離脱するところにあるのかもしれない。

そんなわけで、そもそも私たちは、生産性や効率性、という単語を好まない。ナチスのホロコーストや強制不妊手術ややまゆり園事件などの悲劇を生み出した黒幕は常に優生思想であり、私たちにとって優生思想=効率至上主義、生産性原理主義であった。

にもかかわらず、私たちは生産性を追求します。

すなわち、ビジネスモデルの利点を最大限活用し、支援活動の生産性の極大化を図ります。

なぜか?優生思想の被害者である障害を持った方々の支援に関わる私たちが生産性を肯定するとは、あってはならない裏切り行為ともいえるのではないか?

当事者の権利の回復を追求してきた私たちは、効率性に見向きもしなかった。ゆったりとした時間の中に参加し、速度を追わないこと、無駄を省かないことが、仲間である、ということの意思表明のようにすら思えた。

ゆったりとしたときが流れていた。新鮮だったし、居心地がよかった。何かが回復した。

しかし、その居心地がいいはずの場所から、次から次へと仲間が離れていった。理由は様々であったが、その最大のものは、私たちの貧しさ、であった。

労働者の待遇改善の方法の一つは、組織の利益率の向上である。組織が赤字では、労働者の待遇改善すなわち賃上げを図ることはできない。ではどうすれば組織の利益率は上がるのか?いうまでもない、生産性を上げること、である。どうすれば生産性が上がるか?いうまでもない、効率化を推し進め、無駄をなくすことである。そうすれば企業の利益率は上がり、組織の持続可能性は高まり、結果労働者の待遇改善が実施できる。

しかし、私たちはこのようなわかりきった道を選択しなかった。生産性の向上や無駄の廃棄は、私たちにとってはタブーであった。悪しき優生思想に加担することになると考えた。

私たちの想像や思考は、常に飛躍した。私たちが出会った傷は、それほど深かった。

結果、私たちの貧しさ、が到来した。価値観やライフスタイルの変革で乗り越えようとした。しかし、限界がやってきた。全員が農村で自給自足生活をできるわけではなかった。私たちは乗り越え不可能ともいえる資本主義社会の内部に住まい、そのシステムはどこまでも私たちの行く先に回り込んでくる。ライフステージの更新とともに必要コストがましていく。

結果、仲間たちが去っていった。そして、私も去った。やりがいだけでは持続性を保障することはできなかった。

たまたまの出会いから、ユースタイルラボラトリー株式会社の立ち上げに参加し、たまたまの結果として土屋訪問介護事業所ができた。

私たちは、重度訪問介護サービスにビジネスモデルを適用するという、障害者の自立生活を支える重度訪問介護サービスを提供する過程において、生産性の最大化と無駄を省いた効率化の道を歩むという、ある種のタブーに踏み込んでいる。

ある種の賭け、でもあるが、その結果として、障害者支援に携わる人たちは貧しくなければならない、という常識を乗り越えつつあり、その結果として、2014年6月の立ち上げから5年で、北海道から沖縄まで、日本全国に在住する、ケアを必要とする人たちにケアを提供することができつつあり、その未完のプロジェクトは進行中である。

あれかこれか、という硬直した2者択一から卒業し、良い意味で、あれもこれも、貪欲になれたかもしれない。

私たちは存在肯定と生産性を同時に追求していく。

もちろん、現場の時間は同じだ。現場では、ゆっくりであること、がむしろ生産性を高めることをみんなよく知っている。

現場以外は、そこまでゆっくりしている必要はない。背景の速度を最大化し、より多くの人たちが、ゆっくりである現場、に長くとどまれる条件づくりをしていきたい。

それこそが、生存肯定を実践するいまの私たちのスタイルである。

というわけで、私たちは生産性を追求します。


高浜敏之
土屋訪問介護事業所GM。ユースタイルラボラトリー株式会社COO。全国障害者在宅生活支援事業者連絡会代表。慶応義塾大学文学部卒。哲学科美学美術史学専攻。20代は様々な職業遍歴を経て、30歳で重度訪問介護というサービスと出会い、福祉の仕事をスタート。それと同時に日本の障害者運動のパイオニアである新田勲さんが代表を務める全国公的介護保障要求者組合の事務局を担うことに。30代はホームレス支援、移住外国人労働者支援など社会的マイナリティーの権利回復運動にコミット。その後東京都中野区にあるグループホームでの介護職員を経て2012年5月にユースタイルラボラトリー株式会社の立ち上げに参加。デイサービス土屋中野坂上の管理者、生活相談員を経て土屋訪問介護事業所やユースタイルカレッジを立ち上げる。現在は土屋訪問介護事業所を統括しながら事業者ネットワークの発起人として活動する。趣味はボクシング、アート、文学、など。