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自立とは何か? ―それは、依存先を増やすこと―

自立とは何か? ―それは、依存先を増やすこと―

古本聡



ESC受講者の皆さんに私は講話の中で、改めて考えていただきたい事柄として、「人の自立」そして「自己責任」を挙げて問題提起をしています。

一般的に言えば、人が自立するということは、「毎日の家庭生活、社会的生活に必要な動作・行動が全て自主的に行え、生きていくのに必要な財貨を得るための経済活動も支障なく実施できている状態」を指すのでしょう。言い換えれば、自立とは、「他者の援助を受けないで、自分の力で身を立てること」と定義されます。心身ともに健康で、元気に仕事をしている大多数の人たちにとって自立とは、「きちんと仕事をして、親兄弟・親戚に頼らずに自分で生計を立てること」といった意味しか持たないことが殆どで、自立の定義が本当にこれで正しいかどうか、ということについても疑ってみる必要を感じず、深く考えることもないでしょう。

しかしながら、よく考えてみると、健康であれ何であれ、人はだれしも無人島で生きているわけではないので、誰からの新設、援助、有償・無償のサービスを受けずして生きていけるということはありえません。その一方で、心身に何かしらかの疾病や障害をかかえ、介護・介助を必要とする状態にある人間は、自らの存在意義を確認するためにも、自立の意味を真剣に考えるようになります。私もそういった事柄をずっと考えながら生きてきた人間の一人です。

筆者がそういう問題と真剣に対峙し始めたのは大学生活もあと1年で終わろうとしていた時のことです。当時、私は、主に身体の障害を理由に、数十社に対する就職活動に見事に玉砕してしまって、先の見通しを立てようにも精神的に疲れ果てていました。自立するには経済的基盤を築く必要があり、そのためには、周囲の障がい者ではない同期生と同じように、会社に雇われ収入を確保することが先決問題だと考えていたのですが、そこに立ち塞がったバリアが余りにも手強く、あたかも自分の全てが否定されてしまったかのように感じていました。

私の家族はというと、私が家を出て一人暮らしなぞ始めた挙句、火事や事故、病気に罹ったり怪我を負うようなことになったら、世間様に迷惑をかける結果になること、そしてその迷惑が特に、一流企業に勤め、当時まだ結婚したてだった兄に及ぶことを酷く恐れていたのです。今考えると、実に昭和らしい発想ですよね。家族の誰かが障害者、という家には、多かれ少なかれ、似たような葛藤や軋轢があるものだ、とは分かっていましたし、家を出て暮らすにしても車いすの障がい者が賃貸住処を簡単に借りられる世相ではなかった、ということもの実際問題としてあったのですが、私にとって実に屈辱的な時期でした。

そういう時期に、小児麻痺の重度障害(ポリオの後遺症)を持ちつつも、世界で初めて障害者自立生活センター(Center for Independent Living; CIL)を創設したエドワード・ロバーツ氏(Edward Roberts)の理念や日本の脳性麻痺者による障害者運動団体の「青い芝の会」の思想に触れて、色々考えぬいた挙句に私が辿り着いた一つの理解は、「自立は依存の反対語として解釈されるべき概念ではなく、むしろ自立した生活は、依存できる先をオプションとして可能な限り多く確保し、それらを巧みに賢く利用することだ」、というものでした。

最近の例では、東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授が、上記とほぼ同じことを述べられています。この熊谷准教授は脳性麻痺者で、小児科医をなさっています。そして、障害と社会の関係について研究するかたわら、医師としても活動をしています。その熊谷氏は、自立について、全国大学生活協同組合連合会ホームページにて、以下のように述べています。

『「自立」とは、依存しなくなることだと思われがちです。でも、そうではありません。「依存先を増やしていくこと」こそが、自立なのです。これは障害の有無にかかわらず、すべての人に通じる普遍的なことだと、私は思います。』

この考え方は、障害を持っている人のみならず、その他の多くの人たちにとっても人生の中の真実の一つとして数えることができるのではないでしょうか。誰にも依存せず、強くあろうとすれば苦しいだけです。しかし、いかに幸福に生きるかを考えたとき、そのために必要なことは、誰にも依存しないことではなく、依存できる先が多数あるということだ、ということに気が付けば、全く違った生き方が可能になります。

子供の頃、そして成長につれて
子供の頃、私たちのはじめの依存先は、親だけです。子供は、衣食住のほとんどを、親(または親代わりの人)に完全に依存しています。さすがに、この状態を自立と呼ぶ人はいないでしょう。しかし、精神的に依存できる親友や先輩・後輩関係など様々な人間関係ができると、少しずつ親から自立していきます。さらに成長していくにつれ、そしてやがて社会人となり、自分の生活が自力で切り盛りできるようになったとき、人は自立したと感じるようになります。

しかしそれでも、単一の収入源(例えば、1つだけの会社)やごく狭い人間関係に依存していると、不安な気持ちが大きくなってきます。もし、唯一の収入源であるその会社が潰れてしまったらどうなるのだろう、とか。そこで人は、もしもの為に備える意味で何か大きな変化が人生で起きても、余り動揺することなくい生きていけるように、保険を掛けたり、貯金をしたり、他の生き方を模索したり、他の組織や業種でも通用するスキルを身につけていくことになるでしょう。そうした行動は、依存先を1つに限定しないための自立の手段になるのです。

そう考えたとき、自立した大人になるということは、親元を離れることだけではないような気がしてきます。親以外にも依存できる先を見つけ、それを増やしていくことが自立だとするならば、親もまた、ひとつの依存先オプションとして残しておく方がより賢い方法だと思われるからです。まぁ、これは、親兄弟との関係を、自立する際に希薄にしてしまった筆者の自戒の念でもあるのですが・・・。

依存先をどんどん増やす
社会人になって得られる、会社の同僚もまた、依存先オプションの一つであることは確かですし、伴侶やプライベートな付き合いもそうなのです。そうすることによってスキルや人脈を築いていくと、依存先がどんどん増えていき、自立度が増々高くなっていくでしょう。

しかし、重い障害を元々持っていたり、その障害が重度化してしまったり、はたまた高齢になり、職を失ったりすると、社会との接続が弱くなり、依存先も減っていってしいまいます。機材的な面においては、年金だけが依存先になってしまうと、不安だけが増していくことになるでしょう。さらに、介護・介助を受けなければならない立場いなっていくと、介護職がいなければ日常生活も危なくなります。

そうした状況においては、意識して複数の介護職と付き合い、趣味の仲間などを作って精神的な依存先も育てていく必要が出てくるはずです。可能であれば、アマ例大きな収入にはならなくても、何かプラスになるような仕事をする、ということも大切なことです。そうすることで、依存先の数を維持することができるからです。

そもそも介護・介助とは、人間の自立を支援する活動であり業務です。それはすなわち、介護・介助を受ける者が、特定の対象にだけ精神的、肉体的、経済的に依存してしまう状況を改善するために、新たな依存先を開拓していくことなのかもしれません。この、「自立は、依存先オプションを可能な限り多く持つこと」、という考え方によって、救われる人も多いのではないかと思います。
(2017年7月の記事より、再掲載)

【略歴】 昭和32年生まれ、脳性麻痺1種1級、6歳からの5年間余、旧ソ連の障がい児収容施設での生活を経験した最初で最後の日本人。早稲田大学商学部卒、大学院生だった25歳より英語とロシア語翻訳会社を経営。16年4月よりユースタイルカレッジにて障がい当事者としての講話を担当。