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ケアハラスメント考

ケアハラスメント考

吉岡理恵



重度訪問介護は、最低10時間の基礎研修を修了すれば従事できる仕事です。当社では、医療的ケア従事者を養成したいので、基礎課程と追加課程を併せた重度訪問介護従業者養成研修統合課程をメインに開講していますが、それでも20時間半で修了します。たった二日で人工呼吸器をつけた利用者のケアに従事できる資格所持者となれてしまうのです。その理由の大きな要因が、この事業が障害当事者が主体となって作り上げた事業であること、そしてその当事者自身から本人のケアを学ぶというスタンスがベースにあることです。

当社の利用者のほとんどが、障害支援区分6の最重度障害者といわれる方々です。彼らの体の特徴や病気の症状は、均一化・普遍化を計る一般的な介護の教科書には数行しか解説されていません。にもかかわらず、末尾に一言、一人一人の症状は様々です、とざっくばらんな締めがあり、でも教科書もそうとしか表現のしようがないのです。それほどに個々の利用者の体は全く異なります。なので実際の利用者に対面して、彼らの体に合ったオーダーメイドの介助方法を一から学ぶことになり、結果として教室で学んだことが一切役に立たない、と感じてしまいます。また、利用者も、自分自身の体は自分が一番よく知っていると確信しています。それは利用者が自分自身の、他人とは違うところの多い体と徹底的に向き合った結果ともいえます。利用者によっては介助の手順が事細かく分断されていて、一つ一つ確実にこなしていかないと正しい介助になりません。また、それらの動作を理解して行動にうつせる介助者でないと、彼らは介助自体をさせてくれません。なぜなら、ほんの僅かなミスが怪我や事故につながる恐れがあるのです。だからこそ、資格取得のために教室で学ぶ時間は短くてよく、現場で実際に利用者の体に触れて、その人独自のケアを習得するための現場研修なるものが通常30~50時間、ときに100時間を超えて想定されているのです。

とはいえ、実際の現場では、ケアの引継ぎは先輩介助者がリーダーシップを取ることが多いです。長年その利用者のケアに従事し、ときに利用者以上に彼らのケアに精通しているのではないかと思わせる介助者もいます。しかしながら、そういう先輩介助者が、全員優しく丁寧に後輩介助者に指導してくれるかというとそうもいかないことがあります。先輩介助者が、自分の知っていること、やっていることすべてを後輩介助者に引き継ごうとすると、いつも以上に細かく厳しく指導する傾向にあるような気がします。そして、当然ながら利用者も必死で教えます。自分の体をこれからその後輩介助者に預けるわけですから、注意してほしいこと、この動作の意味、次の動作への流れを事細かに伝えようとします。後輩介助者が、戸惑ってしまったり思った通りにできないと、限られた時間の中での研修なので、先輩介助者も利用者もだんだん焦ります。語気が強くなったり、表情に出てしまったり、ついには先輩介助者と利用者で目配せなんかを始めてしまったりします。そうなると、きついのは後輩介助者です。利用者の居室内という、完全アウェーの空間で、結託した二人の厳しい先生に、たった一人で指導を受けることになります。非常に残念ながら、図らずもこのようなケアハラスメント的指導に遭遇してしまった新米介助者は、一人で支援に入ることなく、辞退を申し出てしまうことが多いです。でも、先輩介助者にも言い分はあります。これまで何度も指導してきたんです。優しく丁寧に教えても、辞めていく人は辞めていく。むしろ辞めていく人の方が大多数で、ほとんどの人は残らない。そんな中でまた新人スタッフの教育を頼まれた。どうせまたダメなんだろう。そんな先輩介助者の気持ちも痛いほど分かります。それでもあえて言わせてください。やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。言わずと知れた山本五十六の名言です。指導や教育はいつの時代もどこであってもこの言葉に尽きるのではないのでしょうか。

たいていの先輩介助者は優しく丁寧に教えてくれます。自分が教わったときと同じように誰にでも分け隔てなく順序だてて教えてくれます。そしてある程度の研修を重ね、利用者も後輩介助者自身も、双方ぎりぎりの及第点を与えて不足ない時を迎え、晴れてその後輩介助者は、一介助者として、一人で利用者の支援に入ります。ひとり立ち、と表現されることが多いです。そこから先に試練があることがあります。新米介助者は、一人でインターホンを押し、洗面所で手を洗い、挨拶をして、今日の介助のスタートです。いつもと同じように、教わった通りに始めます。でもちょっと待って。いつも手元にあったアレがない。となると新米介助者はパニックです。何度もシミュレーションしてきた手順が飛んでしまい次に何をするのか思い出せない。利用者はそんなこと露知らずです。今日の介助者はまだ慣れていないんだから、教わったことだけを教わった通りにやってくれればいいのに。でも何か介助者の様子が違う。自分も今日はなんとなく体も痛くてイライラする。そんなときまた介助者のミスです。下手くそ!利用者はついに言ってしまいました。かっとなった利用者の口からは次から次にストレートな発言が飛び出します。何回も教えたでしょ、復習してきたんじゃないの、自分の介助を舐めているの。ケアハラスメントの始まりです。新米介助者はひたすらうなだれるばかりです。言い訳なんてもってのほか、なだめることもすかすこともできず、はいもいいえも否定され、気付いたら30分も経っている。そんなとき、利用者から最後の一言が飛んできました。もう帰っていい!新米介助者は本当の本当に困惑します。帰っていいと言われて本当に帰っていいのだろうか、そもそもこれは仕事だし、今日の終了時間はまだあと数時間訪れない。心の優しい新米介助者は涙が出てきてしまうでしょう。障害者・難病の方の役に立ちたいと思ってこの世界に入ったのに、まぁちょっとはお金も稼ぎたかったけど、どうしてここまで言われなければいけないんだろう。

私の上司が一介助者だった時、何度もこのような場面に遭遇し、そのたびに利用者と徹底的にやり合ったそうです。言っていいことといけないことがある、さっきと言っていることがまるで逆だと。重度訪問介護の現場では後者が正解のようです。利用者は理不尽なことを言うことがままあります。それを理不尽だと介助者は口に出していいそうです。おそらく利用者は、召使のように動いてしまうヘルパーと、人と人としてときにぶつかり合いたいと試しているのではないかと思います。とはいえただの我儘放題の結果としての理不尽さだったり、介助者の人権を侵害するような発言や行動があったのなら、事業所としてそれは見過ごすわけにはいきません。利用者の中でも、外出の機会がほとんどなく、福祉関係者以外の人と触れ合うことの少ない方々は、視野が狭くなり頭も固くなりがちです。話し合えば分かるかというとそうもいかないことが多いです。相談支援員や事業所管理者の前では分かったような口調でも、実際の介助になると元に戻ってしまう。それでも彼らは介助者なしには生活することができないのです。ではどのように解決したらいいのでしょうか。まずは話し合います。話し合いで解決しないかもしれなくても話し合います。人と人ですから、面と向かって素直に正直に話して、あちらの言い分も聞きます。その先は、運営法人によって方針が違ってくると思います。当社は、利用者の生活とスタッフの人権、どちらも守りたいと思っています。利用者とスタッフの間に立って、真摯に丁寧に打開策を模索します。それでも解決しないとき、たいていのケースでは当社は最後はスタッフを守ることを選択します。

利用者と先輩介助者の厳しすぎる指導に遭遇したり、利用者から罵声を浴びせられ続けることは実はそれほどありません。ケアハラスメントで一番多いのは9割5分の厳しさ・きつさと五分の優しさを感じさせる利用者です。重度訪問介護は、制度策定後自立生活センター(=CIL)が全国的に普及させた制度であり、CILのスタイルが現場においても浸透しているような気がします。それは利用者と介助者に雇用主と被雇用主の立ち位置を想定しているということです。この制度ができる前は、介護・介助は家族や施設職員が担うものであり、その他はほとんどがボランティアとして関わっていました。ボランティアとの関わりは、何かしてもらうたびに、ありがとう、すみません、ごめんなさい、の3ワードを言い続けるものだったそうです。障害者が、人の手を借りて生きていかなければならない人生を、幾多の葛藤を経てある程度受容したとき、この3ワードを言い続けていかなければいけないということが、いかに重く深く伸し掛ることか。そう考えたCIL創始者の中西正司さんが、雇用と被雇用の在り方をこの制度運用の指針にしたそうです。よって利用者とヘルパーの関係は、半ば上司と部下ということにもなります。上司と想定された利用者は、会社における部下のようにヘルパーを指導・教育します。一般社会でも、上司の個性は様々です。誰からも慕われる上司もいれば、自分の運を呪いたくなるような上司の下で働かなくてはいけない時もあります。後者のクジを引いてしまったヘルパーにケアハラスメントは頻発します。あとはどういうことが繰り広げられるか想像に難くないでしょう。

いつもと同じことをしているのに違うと言われる、完璧にやったのに納得してもらえない、一方でミスをしても笑って許される日もある。疑問と苦渋と安堵のあみだくじです。当社の社長は職員に、利用者も部下もどちらも客と思った方がいいと言います。社長が発した言葉なので、利用者の方々にも言わせていただければと思います。利用者とヘルパーの関係を上司と部下のようにマインドセットすることで、この制度を使っているのなら、多少はヘルパーを客と思っていただけないでしょうか。国の有識者会議で予測されている介護難民の時代を迎えるにあたって、ヘルパーへの鉄拳制裁的指導はゆくゆくあなたの首を絞めることになるでしょう。ヘルパーはあなたの手足となる道具かもしれません。道具と思っていただいても構いませんが、道具もメンテナンスが必要です。五分でなく、最低でも1割は感謝というメンテナンスをしていただけないでしょうか。どうやら五分は、8割方のヘルパーの心が折れてしまうラインです。志望動機はいろいろあっても、私たちと一緒に働きたいと思ってくれたスタッフを一人たりとも失いたくないのです。私たち労働者は毎月納税しています。言いづらいですが、その税金の一部が利用者の生活を支えている面もあります。本来利用者もこの制度を利用するにあたって、費用の1割を負担することになっています。ほとんどの方は免除されていますが、その免除分くらいはヘルパーに感謝の言葉で還元していただけないでしょうか。

本稿の序盤で山本五十六の名言を紹介しました。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてみせねば、人は動かじ。」この名言の続きをご存知でしょうか。「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」そうは言っても人と人です。名言とはいえ綺麗事です。こんなにうまくはいかないでしょう。でも、それでいいのではないでしょうか。この仕事に正解を求めては自分が疲弊します。正解なんてないというのがこの仕事でしょう。なぜなら人を扱う感情労働だからです。CILのピアカウンセリング制度を創成した安積遊歩さんは、この事業を人類史上初の試みだと仰っています。そこまでの壮大さをまだ実感できていないのが恥ずかしながら正直なところなのですが、脆くて強靭な命を預かりながら、感情労働と真正面から対峙するということは、やはり誰にでもできる仕事ではなく、今一緒に働いている仲間達に私は心から敬服します。


吉岡理恵

1981年東京都生まれ、東京都立大学経済学部卒業、大学在学中にオーストラリア、マッコーリー大学に公費留学、帰国後法律系事務所でOLとして働く、2014年東京都職場体験プログラムを機にESLのデイサービス、ユースタイル諏訪ノ森で介護職デビュー、2016年より常勤職員として土屋訪問介護事業所の重度訪問介護事業に参加し各地のマネージャーを務め現在に至る、2018年介護福祉士登録、OL時代にフルマラソンに挑戦し完走8回、趣味は料理と読書