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星新一 『処刑』

星新一 『処刑』

Kisaku






星新一は、日本のSF小説における第一人者であり、その作品は1000を越え、多岐に渡る。多彩な物語には、現代社会を鋭く洞察した、皮肉めいたブラックユーモアと、何年もの時代をさきどりしたかのような、「予言」とも受け取れる隠喩や教訓の数々が随所に埋め込まれている。おどけたような語り口の一方で、時に洗練された知性を感じさせるその作風には、老若男女世代を越えて圧倒的な支持を得ている。

前回のレビューでは、同著者の作品、『殉職』を紹介させていただいた。そして今回の投稿では、同等以上の支持を誇る、『処刑』について、紹介させていただこうと思う。

以下に、あらすじを記載させていただく。



ーー地球では文明が進み、犯罪が増えていた。殺人、強盗、器物破壊、暴行、それに数え切れない障害、窃盗。文明が進むと、犯罪が増えるのではないか。むかしだれもが抱いた不安は、すでに現実のものとなっていた。これらに対処するために、従来の裁判のシステムは一掃され、かわりに頭角を現したのが、AI (人工知能)だった。電子頭脳を使ったスピード裁判によって、以前の何年もかかる裁判は改善された。犯罪の増加を防ぐために、刑はより重くなければならなかった。
そして、この星の処刑方法として最後に考え出されたのが、赤い惑星の利用だった。
かつて探査ロケットによって発見され、さまざまな学術的発見や、新たな資源や、観光収益をもたらしたこの惑星は、調査がしつくされ、資源をとりつくされたあとは、もはや用済みとなったため、最後は処刑地にされた。
犯罪者たちは宇宙船で運ばれ、パラシュートでおろされるのだった。銀の玉を、ひとつ与えられて。
そして今、ある男が宇宙船からつき落とされたーー




『処刑』と『殉職』の2作は、どちらも人間の死生感を浮き彫りにしており、著者の作品の大半がコミカルでユーモラスに描かれているなか、例外的にダークでシリアスな世界観で描かれているという点においては、どこか似た雰囲気の作品と認知されることも少なくないが、私の個人的な感情としては、高校時代に出会い、その教訓の深さと、根源的な感情を揺さぶるような美しさに涙した、この『処刑』が好きである。両作品はどちらも、星新一ショートショートセレクションシリーズの、『ようこそ地球さん』という文庫に収録されている。

この物語は始終、死刑囚の男が、片手に銀の玉をもって、砂漠のような惑星をさまよう、という内容だ。個人的に思うのは、ここで最後に得られる教訓は、「どうすれば犯罪が減るか」とか、「誰が悪いのか」と言ったようなありきたりでわかりやすいものでは、決してないということだ。

さて、処刑地である赤い惑星は、大気中の酸素が薄く、より多くの呼吸をしなくてはならない。しかも、湿度も極めて少ないため、受刑者は、呼吸のたびにからだ中から水分が奪われ、やがて耐えがたい渇(かわ)きに襲われる。
そこで、この星で生きるためには、銀の玉が必要になる。玉の上部にあるボタンを押せば、ジーッという音がしばらく鳴ったあとに、反対側の底にはめられたコップに、大気中から強力に凝縮された水がためられ、それを飲めば喉の渇きを癒すことができる。さらには、各地で回収できる赤いカプセルをその水に溶かせば、クリーム状の食料になる。水はボタンを押すかぎり何度でも出る。これを繰り返してさえいれば、受刑者は命を保てるという仕組みだ。赤い惑星で銀の玉を失うことは、すなわち死を意味していた。

しかし、これではただの島流しではないか?いったいなにが処刑なのか?私ははじめ、そう思っていた。

この銀の玉は、処刑の道具なのだ。押せばもちろん水が出る。しかしある回数以上ボタンが押されると、内部の超小型原爆が爆発し、受刑者は周囲もろとも吹き飛ばされる。その爆発までの回数は、だれも決して知らされないのだった。

爆発するかもしれないという、極限の恐怖に耐えてボタンを押し続ければ、気が狂いそうなほどの喉の渇きを、一瞬は癒すことができる、しかしひとときを過ぎれば、また耐えがたいほどの渇きに襲われるのだ。ボタンを押し続けることは、爆発までのリミットを早めることを意味していた。受刑者が生きている限り、強烈な渇きと、爆発の恐怖が永遠に繰り返され、だれもがやがて、精神崩壊する。それがこの星の処刑方法だった。

主人公は、自分をおとしめた地球とAIを呪いながら、渇れはてた星をさまよい、無限に続く渇きと絶望の果てに、あるときふいに、人間の生の真理を垣間見る。地球にいるかぎりは気づかなかった真理だった。それは、巧妙に仕組まれたこの処刑の真の目的、魂の救済だった。


さて、この物語で印象的なものが2つある。その1つが女性だ。
姿なき女性は男に語り続け、早くボタンを押したら?と冷たくもなまめかしく、挑発をかける。男は意地でも押すまいとあらがうのだが、やがて渇きに押し負けて、ボタンを押すのだった。女性はいつも男によりそった。女性はともに過ごすうちに、さまざまな表情を男に見せた。そしてこの女性は、読み手である私にも、最後に大切なものを教えてくれた。

もうひとつの鍵が、『渇き』だ。受刑者を廃人にする、喉をかきむしるほどの『渇き』。作中には、じつに巧みな表現で、赤い惑星が受刑者にもたらす苦痛と絶望を表現している。

そして作者は、私たちに潜む渇きにも気づかせる。気づいてしまえば簡単な話だった。この社会にも渇きは蔓延している。見栄や虚勢などに潜む、承認欲求、劣等感。買い物依存、ギャンブルなどの依存症。孤独感、必要とされていないと感じる、疎外感。この社会では、だれもが渇いている。

さらに物語は続け、2つめの啓示をする。それは、生きるということと、ボタンを押す行為の共通点だ。

1つヒントを述べるとするなら、それは、私たちが、朝、食卓でトーストと目玉焼きを焼いて、コーヒーと共に食し、日中、書類を手に都心を駆け回り、夜、ディナーのあとにウイスキーを飲みほし、休日は家族とドライブに行く。家族のあずかり知らぬところで、愛人とデートをする。これらと「ボタンを押す」という行為は本質的に同じだということを、『処刑』は語っている。その意味するところ、この小説が真に伝えるものは、本稿をご覧になった方が、実際にこの小説を読むことで、ぜひともたどり着いていただきたい。

エンディングで私は涙を流した。その結末があまりにも美しく、救いを感じたからだ。生きようと同じ方向に歩く私たちが、結局はなにに向かっているのか。その行為の意味を、銀色の玉はまばゆい光をもって教えてくれた。

もしもあなたが、この息苦しい社会で、先を急ぐ日々に疲れを感じたり、自身の胸に渇きを感じているならば、一度この本を手に取ってみてはいかがだろうか。もしあなたが望むなら、銀色の玉は淡く光をたたえて、訪れたあなたの喉をうるおしてくれるかもしれない。