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土屋訪問ならびに介護という仕事との出会い      

土屋訪問ならびに介護という仕事との出会い

八木橋武尊




2015年の夏、「デイサービスつちや」の門を叩いた。

私は介護の「か」の字も知らない28歳のフリーターだった。
青森県のド田舎で生まれ育ち、高卒後すぐ関東へ出てのらりくらりしていた私は、ネットの求人広告で「重度訪問介護、夜勤スタッフ、時給1700円」といったワードに魅かれ、非常勤スタッフで応募したのである。

面接の確約をしていた旨を職員に伝え中に通されると、室内ではあっちこっち部屋をいったりきたり、職員達が忙しそうにしている。
周りにはソファーに座ってひたすら紙を四角に折る人、ひたすらテレビに向かって怒鳴る人、ひたすらボーっとして動かない人など、とても個性的な老男女が数名。 いきなりの光景で立ち止まっていた私のそばに、優しい笑顔のおばあさんが近寄ってきてなにかつぶやいた。
なんとなく「こんにちは」とあいさつをして、前から去っていったと思ったらうろうろしてまた目の前に現れ、聞き取れないがなにかをつぶやいている。

初めてのデイサービスにとまどいとワクワクと同時に、日常とはちょっと異なる別世界にきたような不思議な感覚に満ちた。

奥の部屋から「え!そうだっけ!」と聞こえた。
…どうやら面接の予定を忘れていたっぽい。

しばらくすると首元がゆるゆるのTシャツを着たとてもラフな格好の背の高い男性が現れた。
「すいませーん!あ、どうも、ここの責任者やってる高浜と申しますー!今からちょっと利用者さん達の送迎するんだけど、助手席に乗ってもらえないですかねー!」

これが私とこの会社の現COOでもある高浜さんとの出会いだった。
ちなみに4年たった今でも相変わらずこのノリとラフ感だ。

フリーター歴が長く転々としていた私でも、車内面接というのは初めての経験でなんだか拍子抜けしてしまったのだが、なんだか安心感を覚えた。
運転席に高浜さん、助手席に黒スーツの私、後部座席に認知症のおじいさん、という異様な光景からスタートした面接は、というより雑談だった。
当時私は都内でキックボクシングのインストラクターをしていて、夢はイタリアでジムを開設し、イタリア人の奥さんを見つけ、イタリアに永住することだった。
今でも生粋の『イタリア』好きだと自負している。言葉、風景、ファッション、料理、ワイン…あげるとキリがない。

奇遇なことに高浜さんはボクシング経験者だった。
〇〇〇って昔いたじゃん!?あれヤバい強かったよねー!、△△△も知ってる!?あのファイトスタイルが好きでさー!…

世代も違うし私はボクシングではなくキックボクシングが専門なので、昔の外人ボクサーのことはあまり知らなかったのだが、格闘技好きというだけで話は盛り上がった。
後部座席には認知症のおじいさんおばあさん。会話はしなかったが、温かい表情で迎え入れてくれている感じがした。

そうこうしているうちに送迎が終わりデイサービスつちやへ戻ってくると、奥の事務室に通され高浜さんから今後の説明を受けた。
帰宅しようとすると、優しい笑顔のおばあさんがまた目の前に現れてなにかつぶやいている。
「そこにね、ちっちゃくて黒い可愛いのがね、ピョンピョンって、そしたらね、ウフフフフ…」

どう対応したらいいのかわからないが、笑顔を作り「そうですかー!ちっちゃくて可愛いですねー!」と答えた。
後から来た職員さんが誘導しておばあさんと去っていったのだが、対応している姿を見てさすがプロだと尊敬した瞬間、

「よかったらご飯食べていかない?」高浜さんからの誘いに少しとまどったが、二つ返事で「はい!」と答えた。

職員さんみんなと同じデイの昼食を持ってきて、学校給食のような見た目もほどよく栄養バランスが良さそうなメニューに、ノスタルジーで箸をつつき口に運ぶ。
目の前のデスクでは高浜さんも同じご飯を食べ、しばらくするとさっきのおばあさんが現れ私の近くに座り、後に職員さんもきて笑顔でそれを見守る。
急いで昼食を平らげた私は「ごちそうさまでした!すごく美味しかったです!ありがとうございました!」と元気にあいさつしそこを出た。

やっぱり介護職の人達は根本的に優しいな、あったかいな、でも俺でもやっていけるのかな?と色んな想いが湧いて出た。
初めての体験と先の読めない急展開な出来事に昼食の味も覚えていない帰り道、頭の中を整理していた。

まずここの会社が無料でやっている重度訪問介護従業者養成研修統合課程という研修を受け、重度訪問介護サービス枠に入れる+特定の対象者へ医療的ケアを行えるようになる資格を取得し、
自分の条件と利用者の条件のマッチングが成立したら、その利用者の専属ヘルパーとして決まった曜日・時間に在宅へ訪問する…
難しいことが苦手な私は、途中で考えるのを辞め気分転換と将来のために近所のキックボクシングジムへいき練習に没頭した。

数日後、予定通り2日間の統合課程研修を受講しにいくと1日目の講師は面接してくれた高浜さんが講師だった。
会った時と変わらない格好と雰囲気で、どんな講義をするのか興味が湧く。
すると、冒頭から衝撃を受けたのだが、まるでどこかの大学教授か専門学者のような講義だった。
難しい言葉がズラーっと並びながらも、難しい言葉が苦手な私にもスーっと入ってくるようなニュアンスでとても分かりやすく、聞いていて理解ができるので自分が急に賢くなったような錯覚さえ覚えるほどだ。見た目とのギャップに受講生全員が高浜さんの講義に惹き込まれていったと私は思う。
それからあっという間に2日目も終わり、無事資格を取得していよいよ重度訪問介護の世界へ飛び込むことになる。

初めて訪問する利用者は、50代男性のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者だった。ALSは進行性の難病で、運動神経に障害が生じ体中の筋肉が徐々に動かなくなっていく。
10万人に1人くらいの割合で発症し、かなり個人差はあるがだいたい2~3年で寝たきりの状態になるといわれていて、やがて呼吸ができなくなり、いずれ究極の選択を迫られる。
人工呼吸器をつけるか、つけないか、つまり『自然死』を選ぶか、『人工の生』を選ぶか、ということだ。
同時に連想するのは、この先どんなに辛くても苦しくても自分で『死ねない』という事実。日本の法律上、安楽死は認めてられていないからである。
在宅にて生命を維持するためには、24時間常時誰かが付きっきりでケアと見守りをしなければならない。
家族が看るとすれば当然仕事にいけないので、なくなく退職せざる負えなくなるのだが、ヘルパーが家族の代わりに見守りをすれば、夜中は睡眠がとれ、日中は仕事にいける。
これは三者にとってプラスになるわけなので、Win-Winを超えてトリプルWinの関係になれる。が、そんなに簡単ではない。

例えば、あなたの家のエアコンが故障して修理業者を呼んだとします。
2時間で終わるといわれたので、別室でテレビでもみて待ちましょう。

・・・気になりますよね??

壁紙やカーペットが汚れないか、ホコリが舞ってないか、そもそも他人だから信用できない、とかとか
こっちは来てもらわなければ本当に困るというにも関わらず、業者には大変失礼ですが、たった2時間なのにとても長く感じて疲れると思います。

これです。

重度訪問介護は基本的には長時間の見守りサービスがメインだ。ピンキリだが泊まりの支援となると、1日10時間を超えたりする。
ただでさえ他人が自分達の家にいるということが苦痛なのに、ヘルパーが長時間滞在し、睡眠をとらなければならないが、気になって熟睡できない。
当事者である本人のメンタリティーはもちろん図りしれないが、家族の辛さもまた図りしれない。 24時間365日ストレスフルな環境なのだ。
ヘルパーはこの究極のメンタリティーに触れ、短期間で信頼を勝ち取り、1日長時間、そして長期間、信頼関係を構築・継続し、絶妙な距離感を保つことがポイントだと私は思う。

はっきり言って至難の業だが、必ずしも介護経験が豊富な人が成功するとは限らないし、むしろ未経験の人も高い割合で活躍している。
医療的ケアや基礎的な介護技術や知識はもちろん最低限必要だが、やっぱりコミュニケーションが大切だと感じる。
重度訪問介護というフィールドにおいての対人スキルには様々なファクターがあり、 これまでの経験が活きやすいと思う。
私自身の活きた経験でいうと、イタリアンレストランやバーなど接客業での経験が多く「召使い」のように低姿勢で相手を持ち上げ、否定せず共感し、非言語でもニーズを読み取る「気づき力」が養われた気がする。

人は『合う』ことにより安心し信頼関係が構築しやすいという考え方がある。
在宅もそれぞれの価値観やルールがありそれに合わせることが鉄則だ。

キックボクシング経験で心が折れる程の『挫折』を味わい、それを乗り越えたことによって、精神的なタフネスを手に入れることができたのも良かった。
介護職は肉体労働というイメージが強いかもしれないが、実は感情労働がメインだといわれていて、常に自己より他己を優先的に考え、相手を受容し、共感して傾聴し、自分の感情を抑えている。
抑える、ということは風船に空気が溜まっていくように限界があるので、いつか破裂してしまいバーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こす。
気づいた時には心がガス欠状態になっていた、というのがよくあることから、バーンアウトはサイレントキラーだといえる。
厄介なことに一度この状態になると回復するまでかなりの時間と休養が必要になり、利用者や家族の生活をサポートできなくなってしまうから、
それを防ぐためにもセルフマネジメントを心掛けるが、どんな精神的タフネスを兼ね備えた超人であろうが限界があるはずだ。
ではどうしたらうまくやっていけるのか?

人と『会う』ことがカギになると私は思っている。

かのスティーブ・ジョブスがスタンフォード大学の卒業式に行った伝説のスピーチの中に、『点と点』にまつわる話がある。
人生は思いがけない出来事が起こり、それまで無意味に思えた経験がいつか点と点を結び大成を成す、という話だ。

ひょんなことから土屋訪問と出会い、介護という仕事と出会ったが、それもこれもすべて、『人』がつなぎ合わせてくれたのだと思う。
あの時あの人と出会っていなければ今の自分は無かったと思うと、なんだか恐ろしくも感じる。
そして今でも繋がり、さらに新しく広がり、これからの人生もまた想像ができない未来に繋がっていくのだと確信している。