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感情労働①「重度訪問介護の出発点」

感情労働①「重度訪問介護の出発点」

吉岡理恵



私が感情労働という言葉を聞いたのはこの会社に入ってからです。肉体労働、頭脳労働に続く第3の労働形態であると説明がありました。いわゆるサービス業、接客業にあたるものであり、ホテルマン、フライトアテンダント、コールセンター、そして介護職もその代表格であるとのこと。業務そのものにそこまでの専門性を求められないものの、肉体労働、頭脳労働と違うのは、人の感情が対象ということです。感情労働の労働者は、怒りを覚えても冷静であり続け、体調がすぐれなくても平静を装い、気分がのらなくても笑顔を作る、というような目の前の人に合わせて自分の感情をコントロールすることが求められます。このようなことは、感情労働とあえて名付けなくても対人コミュニケーションにおいては一般的ですが、仕事として、お客様に対して、という点では誰にでもできることではなく、よって対価が発生するようになったのでしょう。

感情労働に求められる能力は、相手の話を深く聞く傾聴力、相手が今何を感じて必要としているかの察知力、会話の中での瞬発的な返答力、そして自分の考えを伝えて動かす誘導力、というものでしょうか。相手との対話における起承転結を自然と組み立てていく能力だろうと思います。話を聞いたとしても聞き流すことは察知に結び付かず、察知はできても相手をはっとさせて一息いれるような瞬発的な返答力がないと自分に引き込めず、相手の注意がこちらに向いたなと思ってはじめて自分の意見を伝える手番になるのですが、最後に気を抜いて伝え方を間違えると、それまで築き上げてきた自分と相手の感情の合意形成が水の泡となります。事態が元に戻らないほど悪化することもあれば、時間をおいてリスタートすることで落ち着くこともあります。ここまでの感情労働は難易度が高く、これをそつなくこなせる方はそう多くないと思います。だからこそ対価を生み出せる貴重な労働となり、俯瞰して眺めてみるとこの能力がある方の周りには自然と人が集まっているのではないでしょうか。すなわち感情労働の最終章は求心力、ということになるかなと思います。あれ、と思った方もいらっしゃると思いますが、傾聴力、察知力、返答力、誘導力、求心力…巷のビジネス書のタイトルに見かけるワードばかりです。そしてもう一つ、自己統率力、が追加されると、現代のビジネスマンが密かに悩みアマゾンの密林で買い求めるその解にこの感情労働が集約されているような気がします。そして、当社の主たるマネージャー職を務める顔ぶれは、あっぱれというくらいこれらの能力が備わっている面々です。

受容、共感、傾聴。重度訪問介護従事者に必要な姿勢とは何か、という問いに対して当社で活躍しているスタッフが一様に出す回答です。利用者や家族の思いに耳を傾け、置かれた状況に自己投影して共感し、その在り方を否定しないこと。文字にすればさぞや簡単なことと思われますが、これができる方が本当に少ないというのが実情です。視点を変えてみましょう。あなたの家の中のインテリア、とくに動かせるものがそこにあることが自分の居心地のよい空間を作り出していないでしょうか。リモコンの位置、ダイレクトメールや役所からの通知の置き場所、大小タオルやコップの用途。何気なく置いて使っているものが、大した意味がないようで意外と意味があったり、意味はなくともそのもの、その場所、その用途であることがいつの間にか我が家の暗黙のルールとなり、そのルール通りであることが自分の居心地のよさを生み出していないでしょうか。そして他人が家に遊びに来た時、他人には見えない我が家のルールがお客様に一つずつ侵されていくことにちょっとしたストレスを感じ、楽しいひと時のあと、一つずつもとの位置にそれぞれを復元していないでしょうか。この、一見気づかないルールに気づくこと、ルールがある背景を理解すること、そのルールを守ること、これが重度訪問介護の出発点かなと思います。

同じことが身体介護にも言えます。利用者が右と言ったらまず右に動かすべきなのです。そこに理由が必ずあるのです。障害者・難病の方は特に、その方特有の身体の動かし方のルール(=手順)があります。まず右という利用者の指示に対し、耳を貸さなければ自分の体が右に動きません。右に動かしてみてうまくいくと、なるほどなぁと共感し、そのルールを自分が受容できる、この繰り返しで介護・介助ができあがっていくような気がします。しかしながら重度訪問介護においては、このルールの先に最終ステージが待っています。ルール通りにやったあとに、最後の仕上げともいえる微調整が始まります。いわゆるポジショニングです。利用者は、ほぼ正解だけどあともう少し、の姿勢の気持ち悪さを上下左右斜め、そして強弱を加えた四つのポイントからヘルパーに修正の指示をします。ヘルパーがすぐ対応できれば問題ないのですが、どうしても双方の波長が合わない日があります。ヘルパーは、精一杯やっても利用者に〝今日のちょうどよさ”を提供できない自分自身に不甲斐なさを感じ、すみませんもう一度、とリトライして利用者の今日のベストポジションを祈るように探っていきます。利用者も人間ですので、姿勢の気持ち悪さがいつまでたっても直らないと、何でできないの、と罵るような口調になったり、違う違うと連呼したり、大きな溜息をついたりすることもあるようです。ヘルパーは頼りにできるのが自分自身しかいない空間で、そういった利用者の態度に悲しくなって逃げ出したくなっても、その場にとどまり平静を装って再挑戦し続けなければなりません。

介護・介助の仕事は、きつい、汚い、給料安い、の3kと表現されているようです。清容、排せつ、入浴、更衣等々の他人も自分も日常所作として行っていることは、そこまでの専門性を求められない労働と捉えられているようで、挑戦してくださる方は多いです。ただし、介護職は感情労働の代表格です。介護現場で自分の感情をコントロールし、利用者の視線を感じながら、受容・共感・傾聴の姿勢で、利用者に居心地のよさを提供する仕事です。誰にでもできるというよりは、できる方は僅かです。介護職、とくに重度訪問介護従事者は、シラスウナギの稚魚のように、今後ますます枯渇して、希少価値ある高嶺の花のような存在になるのではないかと思っています。


吉岡理恵

1981年東京都生まれ、東京都立大学経済学部卒業、大学在学中にオーストラリア、マッコーリー大学に公費留学、帰国後法律系事務所でOLとして働く、2014年東京都職場体験プログラムを機にESLのデイサービス、ユースタイル諏訪ノ森で介護職デビュー、2016年より常勤職員として土屋訪問介護事業所の重度訪問介護事業に参加し各地のマネージャーを務め現在に至る、2018年介護福祉士登録、OL時代にフルマラソンに挑戦し完走8回、趣味は料理と読書