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辛いという字がある。もう少しで幸せになれそうな字である。

辛いという字がある。もう少しで幸せになれそうな字である。

高山力也




「辛いという字がある。もう少しで幸せになれそうな字である。」
これは日本の詩人で画家でもある星野富弘氏の言葉です。
星野氏は、大学を卒業した’70年に中学校の体育教師になりますが、その年6月のクラブ指導中の宙返り演技の失敗で頸椎を損傷し、肩から下の機能を失ってしまいました。
そこで口に筆をくわえて文や絵を書くことを習得、’79年には前橋で最初の作品展を開いたといいます。
さらに『花の詩画展』というテーマで、日本だけでなく世界各地で個展を開いたことをご存知の方も多いでしょう。

今回のタイトルの言葉だけでなく、「神様がたった一度だけ、この腕を動かしてくださるとしたら、母の肩をたたかせてもらおう。」「暗く長い土の中の時代があった。いのちがけで芽生えた時もあった。しかし草は、そういった昔をひとことも語らず、もっとも美しい今だけを見せている。」「はじめは苦しくてつらいことが、自分を成長させてくれます。とにかく前に一歩を踏み出してみる。そうすれば、花咲く時は必ずやってきます。」といった、優しさにおぼれた名言がいくつもあります。

星野氏は’46年の生まれですので、事故に遭ったときの年齢は20代半ばでしょう。わが身になって振り返ってみますと、私の20代~30代くらいは最も輝いていたと思える時期でした。
お金も時間も自分で大分コントロールできるようになって、色々と無茶をしながら人生を楽しませていただきました。若気の至りとはいえ、法律には触れないものの正直「人間としてどうか?」と自分でも首を傾げたくなるような行為も2、3思い出さなくもないです。
そんな正しく人生の絶頂ともいえる時期を、不慮の事故によって失ってしまった無念は一体いかほどのものでしたか?私には想像することすら適いません。

なぜこれほどまで限りなく大らかに生きることができるのでしょう?私にとって永遠に探究すべき課題です。



【略歴】高山力也
某国立大学大学院を修了後、H11年に当時まだ珍しい再生医療を扱うバイオベンチャーに就職、先端医療領域での新規事業立ち上げに携わる。その後、生殖補助医療領域でのMRを経て、H19年大手ITベンダー系の事業会社に転職、バイオテクノロジーやヘルスケアを専門領域として投資活動や大学との共同研究を手掛ける。またその傍ら、医療経済などに関する見識も深める。H21年に独立、診療所や介護施設の開設支援コンサルを手掛け始める。このときの経験から介護・福祉領域での仕事のやりがいに目覚め、弊社ユースタイルラボラトリー株式会社にはH29年5月より参加。名古屋事業所や北九州小倉事業所など日本全国各地での新事業所立ち上げに関り、現在は土屋訪問介護事業所甲府を担当している。