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『障害者でも普通に生活するってそんなに「すごい」の?!』

『障害者でも普通に生活するってそんなに「すごい」の?!』

古本聡



娘が生まれて10年が経ちました。歩くことや走ることに何も問題のない娘の姿を見ていると、自分のような障害がなくて良かったなぁ、とつくづくホッとします。まぁ、反抗期には参ってしまいますが・・・。彼女が生まれるとき、ともかく健康でいてくれと願ったのを、昨日のことのように憶えています。こういう風に感じ、思ってしまうのは、障害当事者である私自身が、障害を受容しきっていない証拠なのかもしれませんが、親としてはごく一般的で全く自然な感情でしょう。
 
今、自分の娘を見ていて、私が子供だった頃を思い出すのですが、あまりはっきりした記憶ではないにしろ、周囲の人たちからよく「頑張れ!」とか、「負けるな!」とか、「すごいね」とか、そんな声掛けをもらうことが多かったように思います。
 
あの頃の私は、「普通に頑張っているだけなんだけどなぁ」、「何に負けちゃいけないのかなぁ、何に勝たなくちゃいけないんだろう?」、「何がすごいのかなぁ?」と漠然と不思議に思っていました。あのまま鈍感に漠然とした疑問を持ったままの方が精神的に楽だったかもしれません。でも、いつまでも楽なまま送れないのが人生なのでしょうか、小学校高学年~中学くらいの年齢で、私はあの叱咤激励のような、応援歌のような周囲の声かけの言葉の前に、それぞれ「障害があっても」、「障害があるのに」という枕詞があったことを知ってしまったのです。

テストで100点を取ったことを誰かに自慢げに話したら、「足が悪いのにすごいね」、と言われたこともありましたし、近所のおばちゃんから「我慢して頑張れば、きっといいことがあるよ」、と何も辛いことも、困ったこともないのに唐突に言われたこともあります。冷静に考えれば、どうしてテストの100点が足が悪いことにつながるのか、どうして私に限って「いいことがある」ようにするために「我慢して頑張らないと」いけないのか、論理としては全くめちゃくちゃですよね。それでも、今のわが娘くらいの年頃にはまだ素直だった私は、それらの声掛けを、褒め言葉として笑顔で受け入れていました。
 
しかしながら、2~3年が経つと私の受け取り方も、精神的な成長とともに段々捻くれた(笑)ものになっていきました。障害というものをTPOに応じて使い分ける、という術を覚えていったのです。

今考えてみると、障害を持っているという現実の状態は、自分の行動や結果に対する期待値を自動的に下げてくれていたのかもしれません。また、その現実を巧みに使いこなせば、自己肯定感や自己有用感を簡単に高められるものでもある、ということにも何となく気付いたのでした。障害というものを無意識的に利用し、使い分けてていた気がします。「障害者のボクがこんなこともできちゃうって、すごくない?」という、他者に対するアッピールと自己暗示。これこそ、生まれながらに障害を持っていたからこそ思い付き、実行できた、ひとつのライフハック、とでも言えるのではないでしょうか。
 
その一方で、自分が子供の頃に褒められたことや評価されたことは、果たして「障害があるのに」という条件付きの褒め言葉だったのか、それとも障害の有無など関係なく発せられたものだったのか、今、自分の子供の成長を見ながら、ややもすれば気になってしまうときもあります。

気になるとは言えども、障害者だからといって、本業の翻訳業でも、「実力がなくても」あるいは「納期に多少遅れが出ても」容赦される環境で生きていないところを見れば、答えはほぼ出ているのだと思われます。その傍らで、自分の障害をテーマにこうして原稿まで書かせてもらっているのだから、自身の障害を巧みに利用していることもまた事実でしょう。
 
もし障害者が、「障害があるのに」という枕詞の真の意味を汲み取らず、自分は期待されている、すごいことができる人間だと思い続けて育っていくようなことがあるならば、それは想像するだけで背筋が凍ります。いわば、障害者補正という期待値調整の中で育った障害者が、例えば、障害を言い訳にできないようなビジネスの世界で生きる。これでは、当然のこと、その障害者本人にも、また周囲の人にも決して利益になることではありません。
 
「頑張れ」、「負けるな」、「すごいね」などという声掛け。もし、これらの言葉を受け取る相手が障害者でなかったら、果たして同じ基準で同じような声掛けをするのでしょうか。障害が理由で下がった期待値を反映した状態で行う声かけが、10年、あるいは20年という時を超えて、相手の精神に何らかの影響を及ぼすのだとしたら、無責任なことは言えない、と思いませんか。自分にとってその時々で都合のいい言葉が、相手にとってこの先都合のいい言葉になるとは限りません。このことは、障害者の周囲にいる人たちに是非とも認識しておいて欲しい事柄の一つです。
 
「障害者なのに」というフィルター越しで下される評価は、大おおにして、障害者が中心となっているコミュニティでしか通用しないものです。障害者以外の様々な属性や背景を抱え、育ってきたひとたちにも、それぞれの社会でしか通用しない評価基準がありますし、社会は様々な人たちで構成されているものです。また、その逆も真なのです。この点について、障害者のみならず、社会全体にもっともっと広がる概念とする必要がまだまだあるます。
(2017年7月の記事より再掲載)

【略歴】 昭和32年生まれ、脳性麻痺1種1級、6歳からの5年間余、旧ソ連の障がい児収容施設での生活を経験した最初で最後の日本人。早稲田大学商学部卒、大学院生だった25歳より英語とロシア語翻訳会社を経営。16年4月よりユースタイルカレッジにて障がい当事者としての講話を担当。