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私の子育て日記3 向き合う

私の子育て日記3 向き合う

高浜敏之



休日に娘たちと共に過ごしているとき、ピロン、とスマホが鳴る。たいていは職場の仲間からのラインだったりする。

スマホを手に取る。

娘たちに向けていた注意がスマホに移動する。メッセージを読み、時に返信し、時にそのまま読み流す。

また娘たちに注意を戻す。

正直、ピロン、を待っている自分に気づく。

週末しかしっかりと娘たちと向き合う時間がないのに。

とても貴重な限られた時間なのに。

もしかしたら、向き合う、という時間は、ある種の不安や苦痛、を伴うのかもしれない。

ピロン、は向き合うことからの逃走を可能とする。

向き合うってどんな時間なんだろうか?なんでそこから逃げたがるんだろうか?そんな問いが脳裏を過る。もしかしたら、20世紀最大の哲学者のマルティンハイデッガーがその主著「存在と時間」において探求したテーマとも相通じるかもしれない。

そして介護現場でもよくそんなメッセージが飛び交う場面を見かけた。「あの人、利用者さんと向き合うことから逃げてる。」多くのスタッフが他のスタッフを非難するときの常套句だったようにも思える。

先日行きつけの公園に娘といったら、一匹の猫が午睡をしていた。

あ、にゃんにゃん、と指さしながら、昼寝をしているその猫のそばに近づき、娘がずっと見つめていた。そうしたら、気配を感じたのか、そのにゃんにゃんが目を覚ました。娘と猫が、じーっと向き合っていた。飽くことなく、お互い見つめあっていた。

もしかしたら、向き合う力は子供にも猫にも先験的に備わっていて、過度の情報の渦に飲み込まれて私たちはそもそも持っている力を喪失してしまったのかもしれない。向き合う力は獲得するものではなく、忘却の彼方から想起するだけのものなのかもしれない。

重度訪問介護はほかのどの介護サービスよりも、向き合う力が求められる。見守りを含む長時間サービスの重度訪問介護においては、介護保険サービスのような短時間で凝縮したタスクをこなすサービスのように、よきにつけ悪しきにつけ、「作業」という逃げ場が少ない。

だからこそ、重度訪問介護サービスでは感情疲労が甚だしく、挫折する方々が少なくない。すなわち、このサービスでは、私たちの向き合う力が試される、ようにも思える。

情報過多と速度至上主義の社会の中で、重度訪問介護従事者は、多くの方々が喪失した記憶を呼び起こす機会に恵まれているともいえるかもしれない。

現場を離れてマネジメントに専心するようになって久しい。もちろん面接やミーティングなどなどで向き合う時間は今でも多分にありはするが、現場専従だった十数年の時とはその密度が異なるように思える。

週末のイクメンタイムで、ピロン、に逃げ込むことなく、娘たちと向き合う時間をしっかり味わいたい。

向き合うことの奥にある、不安や緊張や退屈や静けさは、生きるという事実の最深部に潜む本質的ななにものかを指さしているようにも思えるから。



高浜敏之
土屋訪問介護事業所GM。ユースタイルラボラトリー株式会社COO。全国障害者在宅生活支援事業者連絡会代表。慶応義塾大学文学部卒。哲学科美学美術史学専攻。20代は様々な職業遍歴を経て、30歳で重度訪問介護というサービスと出会い、福祉の仕事をスタート。それと同時に日本の障害者運動のパイオニアである新田勲さんが代表を務める全国公的介護保障要求者組合の事務局を担うことに。30代はホームレス支援、移住外国人労働者支援など社会的マイナリティーの権利回復運動にコミット。その後東京都中野区にあるグループホームでの介護職員を経て2012年5月にユースタイルラボラトリー株式会社の立ち上げに参加。デイサービス土屋中野坂上の管理者、生活相談員を経て土屋訪問介護事業所やユースタイルカレッジを立ち上げる。現在は土屋訪問介護事業所を統括しながら事業者ネットワークの発起人として活動する。趣味はボクシング、アート、文学、など。