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こんな夜更けにバナナかよ

こんな夜更けにバナナかよ

吉岡理恵




今年の新春映画の原作なので、タイトルをご存じの方は多いと思います。私は映画を見て、その後同僚に本書を借りて読みました。北海道札幌市で浅野史郎さんが設立に尽力して1986年に作られた道営ケア付き住宅にも入居し、2002年に42歳でこの世を去った進行性筋ジストロフィーという神経難病を抱えながらボランティアとともに生きた、鹿野靖明さんという方の自立生活を題材にしたノンフィクション作品です。重度訪問介護や日常生活支援費制度もない、24時間の介護を必要とする人への公的介護保障がなかった時分に、喀痰吸引の医療的ケアを必要としながら自立生活を全うした方です。

鹿野さんの介護現場での様子は、現在の重度訪問介護のそれと同じようなものだと思いますが、違っている点は、ボランティアが中心だったこと、そして報酬を受けていた方も有償ボランティア程度の決して高くはない賃金での介護労働者だったということです。それゆえ、鹿野さん宅ではボランティアが食事をしたり、布団を敷いて隣で仮眠をとるということも可能であり、一方でケアマネージャーや介護の他事業所さんという立ち位置の方は登場しません。現在でいう自薦の専従介護者がいらっしゃる事業所のスタイルでしょう。このボランティアや専従介護者の利点は、その人のためだけ、に介助をすることができるというところです。学業や仕事はあるけれど、週1回、月2,3回、自分の時間をその人のために捻出し、その人のためだけに使う、そしてそこには絶対的な自分の居場所があるという、介助という奉仕を通して御恩という自分の居場所を得るという互恵的な関係があるようにも思います。

鹿野さんご自身は、ワガママな方だったようです。本のタイトルにもなったように、深夜にバナナを所望する鹿野さんに、ゆっくりやっと一本食べさせたところ、もう一本、と追加のご要望があったり、イライラしたときにうがい用のたらいを力いっぱい床に叩きつけたり、よくカンシャクをおこしたり、ボランティアの女性にすぐ恋をしたりと、自由奔放、という言葉がそのまま当てはまる人だったんだろうなぁと思います。また、本書のところどころに、ボランティアと著者とのやり取りが紹介されています。キレイゴトの通用する世界ではなく、気合一発みたいなところもある世界だということ、途中で辞めるということはできなかった、鹿野さん本人や鹿野さん実母をみて情が移った、というボランティアの言葉。そして著者自身への、なぜ鹿野さんと関わるのかというボランティアからの問いに対する、もう逃げられないと思っちゃった、という返答。

本書を読み進めるたびに、数ページごとにこういったしみじみと納得する文章が登場します。読者としては、分かる分かる、やっぱりそうですよね、という気分になります。そして、クライマックスは鹿野さんの最期になります。急変により救急搬送されて、一時は意識が戻ったものの誰も悪くならないような状況下で静かに息を引き取ったそうです。ボランティアの方々、関係者の方々にとっては、鹿野さんと過ごした時間はおそらく蟻地獄のような喜怒哀楽を伴う時間だったのだろうと思います。そして、ボランティアの大半が大学生が中心で大学卒業と同時にボランティアも卒業していったこと、著者自身も鹿野さんとは3,4年の付き合いだったことを思うと、鹿野さんとの関りは多くの方にとっては実は人生の数年だったのでしょう。しかしながら、その数年を鹿野さんとともに生きた方々のエピソードが、鹿野さんを主人公とした一冊の本になり、映画化され、たくさんの人々の目と心に届いたことは、障害者・難病の方の支援に携わっている一個人として、なぜか嬉しく著者への感謝の気持ちが芽生えます。

そして、本書にはセクションのいくつかに注釈があります。各種公的介護料、道営ケア付き住宅、医療的ケア等々、注釈も分かりやすく説明があり、こちらも障害福祉に関わる方にはお勧めです。



吉岡理恵

1981年東京都生まれ、東京都立大学経済学部卒業、大学在学中にオーストラリア、マッコーリー大学に公費留学、帰国後法律系事務所でOLとして働く、2014年東京都職場体験プログラムを機にESLのデイサービス、ユースタイル諏訪ノ森で介護職デビュー、2016年より常勤職員として土屋訪問介護事業所の重度訪問介護事業に参加し各地のマネージャーを務め現在に至る、2018年介護福祉士登録、OL時代にフルマラソンに挑戦し完走8回、趣味は料理と読書