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『介護・介助とノンバーバル・コミュニケーション (Non-verbal communication) 』

『介護・介助とノンバーバル・コミュニケーション (Non-verbal communication) 』

古本聡



自分の考えや言いたいこと、メッセージが中々相手にうまく伝わらない、といった経験は、誰しもがしていることだと思います。また、メールやその他の文字媒体ではコミュニケーションが図りにくいから、直接相手に会って話そう、なんていうこともよくありますよね。
これは、人間同士の意思疎通においては、お互いの感情の動き、思考を読み取ったり、喜怒哀楽を顔や体で表したりしてメッセージを交わすことが非常に大切であることを示しています。そして、私たちは、このコミュニケーション方法を、知らず知らずのうちに駆使しつつ、友人関係や恋愛関係、家族関係、仕事での人間関係を維持しているわけです。このようなコミュニケーション方法のことを日本語では、「非言語的コミュニケーション」と言います。

言葉や、それを発するときの語調などの他に、例えば、表情、目線、視線、動作、姿勢など、相手のメッセージを理解したり、逆に自分の考えを表現したりするものは数多くあります。これらは「非言語ツール」と呼ばれているもので、非言語的コミュニケーションを行うときに使われます。

例えば、2020年東京オリンピック招致のIOC総会で、滝川クリステルさんが「おもてなし」と言ったプレゼンテーションは、世界中の多くの人たちの記憶に残ったのではないでしょうか。言葉だけの「おもてなし」と、あのときの滝川さんのように、優しい微笑や明るいトーンの声、エキゾチックで優美な手のジェスチャーが加わった「お・も・て・な・し」では、メッセージの伝わり方に雲泥の差があるのは明らかですよね。

アメリカの心理学者・メラビアンが考案した「メラビアンの法則」というものがありますが、同法則に応じて実施された実験によると、人が他人から受け取る情報は、顔の表情などの視覚情報が55%、声の質(高低)と大きさ・発語テンポなどの聴覚情報が38%で、発せられる言葉の内容などの言語情報はわずか7%、という事実が分かっているのです。驚くべきことに、私たちの意思疎通において、言語以外の情報が実に93%もの比重を占めるわけで、このデータにより、いかに非言語ツールがコミュニケーションにおいて重要な機能を果たしているかが理解できると思います。

さて、このようなノンバーバル・コミュニケーションの主な役割は、次の3つの事柄だと言われています。
1つ目は、上述のように、言葉では表現しきれない想いや状況、雰囲気などを伝えること。つまりは、言葉を補う事です。
2つ目は、相手との距離を縮め、信頼感を得る事です。
ムスッとして無表情な人よりも、表情豊かで、穏やかに頷きながら同調、共感の意を表してくれる人と話す方が気持ちよく、お互いに安心します。
そして、3つ目は、相手の気持ちをより深く理解することです。
相手の声が明るいか暗いか、顔が穏やかなのか強張っているかなどを把握すれば、その人の本音、深層心理、気持ちに気付くことができたりするのです。

このように、ノンバーバル・コミュニケーションは、自分の意思を伝える時のみならず、相手の状況を理解するのに大いに役立ちます。なぜなら、人の表情や声のトーンは、無意識に変化していることが多いからです。
例えば、体調がすぐれないときに顔色が悪くなりますが、顔色を意識的に変えることはできません。言葉では「だいじょうぶ」だと言っていても、本当の状況は非言語情報には表れます。相手のことをよく観察することで、相手が言葉にしていない、できないことも分かります。したがって、このような観察力もコミュニケーションにおいては、非常に重要なスキルだと言えるでしょう。

より効果的にノンバーバル・コミュニケーションを実践するには、視覚、聴覚などの感覚をフルに使うことが重要です。先ずは、視覚的に相手の表情、身体の動き、眼差し、顔色を感じ取って、相手の気分が落ち込んでいるのか、それとも上向いているのか、満足気であるかどうかなどを判断します。そして、自分も豊かな表情、適切な身体の動きを意図的にすることによって、相手に自分の意思が伝わりやすいようにします。
次に、聴覚的に相手の声の大きさ、高さ、テンポなどによって、相手の心理状態を注意深く感じ取り、相手の気持ちを判断します。また、自分でも声の大きさ、高さ、テンポなどを適切に変化させ、それにより相手に自分の心理をつかみ易くしてあげることも可能なのです。
その他にも、相手の嗅覚や味覚といった感覚も、それらが変化したときなどに、体調の良し悪し、変調を素早く感知するのに役立ちます。

先でも触れたとおり、ノンバーバル・コミュニケーションは、私たちが様々な人間関係を確立・維持・発展させていくために、そして意思その疎通を潤滑に運ぶために日常的に使っているものです。仕事上のコミュニケーションにおいても、です。ましてや介護・介助の現場においては、介助者の業務品質と利用者の満足度やQOL(生活の質)は、両者間の信頼関係の度合いに拠るところが大きいのですから、ノンバーバル・コミュニケーションが担う働きは、他の職種と比べても非常に大きいと言えるでしょう。

介護・介助現場でのこのノンバーバル・コミュニケーションについて、私のような障碍当事者(すなわち、介護・介助を受ける側の人間)の立場から考えた場合、大まかに言って、次に挙げる事項に、特に留意していただければ、満足度評価の高い介護・介助になるのではないか、と思うのです。

(1) 表情について
ムスッとしていたり、不機嫌そうな表情を顔に浮かべてしまうと、介護・介助者は、利用者にネガティブなメッセージを伝えてしまい、雰囲気を暗くさせたり、相手を緊張させ、委縮させてしまい、信頼関係を壊してしまう恐れがあります。最悪の場合、利用者から嫌われることになるでしょう。とは言え、能面のように無表情でも、感情も意思も、人間的な暖かみも伝わらず、利用者に不気味がられてしまうでしょう。介護・介助の人間関係において基調となる表情はやはり笑顔ではないでしょうか。明るい、温かい微笑です。そんな微笑は、必ず利用者を安心させ、喜ばれるでしょう。また、信頼関係を深めるきっかけにも大いになるでしょう。もちろん、笑顔を慎まなければならない場面も少なくありません。ひどい痛みや悩みで落ち込んでいる利用者にまで笑顔で接してしまうと、逆に「バカにしている」ととらえられたリ、相手を理解しようとしない冷淡な人間として受け取られてしまうでしょう。また、介護・介助者に対して何らかの不満、怒りを抱いている利用者に笑顔で応対したりすると、怒りを増幅させる結果になりかねませんので要注意です。

(2) 目線の高さについて
物理的な目線の高さのことです。私の経験から申しますと、これはどの国の人も気にすることなのですが、日本人は目線に対して特に敏感だと思います。日本語には「目上/目下」という言葉があるように、相手との上下関係を目線が表すからです。
車いす上やベッド上の利用者と接する際には、介護・介助者が立ったままだと、高いところから見下ろすことになり、ネガティブな印象を与えてしまいます。また、上から投げかけられる言葉は、思ったよりも冷たくきつく感じられるのです。利用者に対して必要以上に低い目線になって接する必要はありませんが、膝を曲げてしゃがんで相手と同じ高さの目線になるようにして、話をしてもらいたいのです。

(3) 視線(アイコンタクト)について
日本人は、アイコンタクトを取り合いながら会話をすることが比較的少なく、目をそらして意思疎通を図ろうとする文化があるのは確かです。それ故、目線を合わせることが不得意な人が多いのも事実です。利用者と接する際にも、無理に目を合わせたままにする必要はありません。そうしないと、利用者を却って緊張させてしまう恐れがあります。しかしながら、だからといって一度も目を合わせずに、うつむいたままでいたり、目をそらしたりするのも、失礼になります。
つまり、目を合わせたままでもなく、そらしたままでもなく、合わせたりそらしたりしながら、適切なアイコンタクトを取ることが最も自然な態度でしょう。
ただし、発語が困難で、アイコンタクトでしかコミュニケーションができない利用者もいます。そんな場合は、緊張した心持がリ医用者に伝わってしまわないようにする、アイコンタクトの取り方が望ましいと思います。そうすることで互いにリラックスして、コミュニケーションを図ることが可能になるからです。

(4) 姿勢について
人が採りうる様々な姿勢の中で、利用者の前では絶対取ってはならない腕組みや腰に手を当てて立つ、逃げ腰になるなどの、いわゆる防衛姿勢があります。腕組みについて考えてみると、一人で考えごとをするときにも私たちは腕を組みますが、それだけではなく、何かに恐れや不安を感じているときに自分を守ろうとして、半ば無意識に現れる身体姿勢上の反応なのです。また、ポケットに手を入れたままで利用者と接するのも、防衛姿勢の一例といえます。人間関係が良好で、相手に安心感を覚えているとき、人間は自然と手の平を相手に見せますが、それは手の平から心が伝わると感じているからです。逆に、恥ずかしいとか後ろめたいとか、何かの理由で心の中を相手に見られたくないときに、人間は手の平を隠そうという防衛反応が現れてしまうのです。介護・介助者がそのような防衛姿勢を取っていると、利用者との間に心理的なバリアができてしまい、コミュニケーションがとりにくくなってしまいます。まずは介護・介助者の側からそうした防衛心理を意識的に取り去り、心を開かなければ、利用者の心を開くことはできなくなってしまうでしょう。
(2017年4月の記事より再掲載)

【略歴】 昭和32年生まれ、脳性麻痺1種1級、6歳からの5年間余、旧ソ連の障がい児収容施設での生活を経験した最初で最後の日本人。早稲田大学商学部卒、大学院生だった25歳より英語とロシア語翻訳会社を経営。16年4月よりユースタイルカレッジにて障がい当事者としての講話を担当。