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『重度訪問介護で平和をつくる part4~良い利用者?』

『重度訪問介護で平和をつくる part4~良い利用者?』

安積遊歩



私が自立した頃は、介助者に介助料を払う制度は全くなかった。だから、介助者とヘルパーの関係は同志であり、友人であり、時に家族にもなった。
してもらうからと遠慮することなく、あるいは、「介助なんてしてられない」と言われることに抗議しながら、共に生きるとは何か、違う体を持ちながら、対等な関係を作るにはと、考え模索し続けた。

そして、行き着いた結論は、理念だけでは介助をする側の生活が成り立たないということだった。
お互い人間的にであるために、この社会はお金という道具を必要としている。しかし、お金は道具なので、全くなくても生きられないし、ありすぎてもさまざまな点でおかしくなる。お金で保障されるのは、それぞれの生活だ。食べて、着て、住まって、そういうものが一定共有されないと対等な関係性は、全くあり得ない。私たち自身も、運動の初期の頃には自分の所得保障についてまず取り組んでいた。少しずつそれが成功していく中、私たちは介助をする側の人たちに、介助料という暮らしをつくる道具を保障しようとがんばった。

この世界にお金ができ、政治と人権意識が生まれてから、全ての命を守るために使われるお金は一定、税金という名で取り立てて、全ての命に平等に回そうと試みてきた。例えば、公務員とか、教員とか命を守り、育てる仕事に対してみんなからの税金が分配されることになった。
その中で、地域で生きる私達の介助の仕事も重要と認めさせて介助制度を作ってきた。始めは、ヘルパーは公務員でもあった。しかし、派遣が必要なお年寄りや障害を持つ人々が多くいたので、そのまま公務員レベルの給与を保障できないとなって、別立てで仕組みが作られた。しかし本来は、ヘルパーは命を守る仕事だから、公務員と同じ給与を貰っても良いくらい重要な仕事なのだ。にも関わらず、別立てで出来た仕事は、あまりにも給与が低い。だから人が集まらない。

そのうえ、私達は「利用者様」と呼ばれ、お客様と呼ばれ、随分持ち上げられることになった。先にも書いた通り、この制度を地を這うような思いで作ってきた仲間は、働く人を大事にしようと、個々に頑張っている。しかしその歴史を知らない、今となっては多くの人にとって、その呼び方は、介助をめぐる双方に随分な困難と混乱が生じさせている。

「利用者」はビジネスの中ではお客様で、サービスは商品とされてしまう。しかし、介助労働は商品ではなく、コンビニや飲食業のような単なる賃労働とは全く違うのだ。なぜなら、障害者と健常者の関係には、もうひとつ歴史の中で背負わされた過酷な現実があるから。

それは、被差別者と差別者という歴史であり、今もそこかしこに見え隠れする現実だ。介助制度はこの長い人類の歴史にあった被差別と差別の関係を変えようとする画期的な試みでもあるのだ。

私たちは利用者様と呼ばれることによって、自分の人間性を冒涜するところに立ってはならない。ケアハラスメントの様々を聞いて、私はヘルパーに対する申し訳なさで身がすくむ。しかし同時に、制度がなかった時代にはあり得ない、仕事だから嫌なことだからと我慢しなければならないとするヘルパー側の思考にも悲しみを覚える。ヘルパーたちも商品の提供者のようなビジネスとしての立場に、自分を埋没させる必要はない。仕事はお金をもらっているのだから雇用者と被雇用者としてのみ考えないでほしい。ヘルパーが受け取る給与の出どころは税金なのだ。税金は、みんなが幸せになるために賢く分配されるべき「みんなのお金」なのだ。そのお金は、介助する、される側の両方を幸せにするためのお金なのだ。身体の自由に制限を受けている障害者と、その自由を補って共にある介助者。その両者の関係性こそがこれからの時代に平和を作るカギでもある。さらなる自由と平和に向けて、良い関係作りを諦める事なく模索し続けていこう!


【略歴】
1956年、福島県福島市生まれ。生まれつき骨が弱いという特徴をもつ。22歳で親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介。障害者の自立生活運動をはじめ、様々な分野で当事者として発信を行なっている。
2019年7月、NHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。