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『黒地の絵』 松本清張 新潮文庫

『黒地の絵』 松本清張(著) 新潮文庫

高山力也(甲府サービスマネージャー)



もちろん地元の方はよくご存知かと思いますが、北九州市役所のすぐ西隣には幕末の第二次長州征伐で激戦地の一つにもなった小倉城があり、その敷地一角には松本清張記念館がひっそりと佇んでおります。小倉には他にも森鴎外の旧居もあり実は日本文学の発展と関りの深い土地といってもいいのかもしれませんね。

そんな北九州市の小倉に赴任していた当時、市役所に用事があったついでに訪れた松本清張記念館で手にしたのが本著『黒地の絵』です。もともと横溝正史みたく描写にグロテスクなイメージがあってどちらかというと敬遠してきたのですが、このときの出会いを機に一気に180℃考えが変わりました。

標題の「黒地の絵」や冒頭の「二階」など胸を打つ作品がいくつも散見されますが、本著の中でも個人的に最も心に強く刻み込まれたのは「装飾評伝」です。

そのストーリーは、簡単にいえば名和辥治という一人の「異端の画家」にまつわるものです。

物語は芦野信弘著の評伝「名和辥治」の巻末年表を引用しながら、まずは名和の人生をざっと振り返るという形で始まります。明治二十一年に東京で生まれ、四十年に白馬研究会に入り、四十四年には神田で初めての個展を開き、それまでは後期印象派風の画だったが大正二年に発表した作品はドーミエの影響を受け世間を驚かせた・・・云々といった具合です。

非常に才能豊かな画家であったにも関わらず、晩年は頽廃した生活を送り、ついには冬の北陸路の断崖から堕ちて四十二年の短い生涯を終えるの至った過程が、小説家としての著者の興味を大いにそそったそうです。

しかしながら著者は美術史についてそれほど造詣も深くないし、ついつい筆をとるのを先延ばしにしていたところ、新聞の片隅に評伝の作者である芦野信弘の死亡記事を見つけ、悔しがると同時に本腰入れて執筆活動を開始するに至ったとのこと。

肝心の芦野に死去されたので、その娘である陽子や蒼光会の葉山光介らに接触、ようやく芦野の妻が自殺したらしいことやその前後で名和のふるまいが常軌を逸したものになったことなどを突き止めます。どうも名和の晩年が荒れたのも、芦野の妻との不義による良心の呵責にあったのではないかとの推察でした。

これら、実はすべてフィクションだったんですね(苦笑)。

この作品にも繰り返しでてくるボッシュ(「快楽の園」や「七つの大罪」が有名)といったシュールレアリスム的な作風が好みでもある私と致しましては、その芸術的趣向による共感も相まって完全に騙されました。実は巻末の平野謙氏による解説を読むまで、この「装飾評伝」がフィクションであることにまったく気づかなかった始末・・・。

本当に頭のいい人間の考えることはよくわかりませんが、たまには知的に翻弄される快感を味わってみるのもまたオツなのではないでしょうか。