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なぜ介護11  『弱きを助け、強きをくじく』

なぜ介護11  『弱きを助け、強きをくじく』

佐々木優



 なぜ私が介護業界に身を置くのか、それは実に答えやすい質問だ。
『弱きを助け、強きをくじく』
 水戸黄門はおこがましいので助さん格さん・・いやいや、うっかり八兵衛ぐらいの、そういう血が私には流れているような気がするからだ。そして端的に言えば、基本的に、困っている人をほおっておけない性格だからである。そこにたまたま福祉の仕事が舞い込んできて、マッチングしたという必然と偶然があるのだ。
 だからと言って、私の奥底にある、心象風景にまで眼差しを注げば、話は間違いなく長くて重くなるので割愛するが、今回の題目についての寄稿を求められたことを契機に、こうして自身の歩みを振り返ることができることを素直に喜びたい。

 そう、今でも憶えている。

 幼稚園のころ、いつもハナを垂らして泣いていた、いじめられっ子のリュウタ君のそばに居て、私は彼の背中をさすりながらしきりになぐさめていた。
 小学生のころ、昼休みに人気の遊具の順番待ちを抜かした級友が許せなくて、口論の末に彼を殴ってしまい、学校に親を呼ばれて叱られた。中学に上がり、幼なじみが目の前でとっくみ合いのけんかをして倒されたのをみて、気が付いたら自分が相手に飛びかかっていた。その後、また親が呼ばれて叱られた。私は、こういうことを繰り返す子どもだった。
 小・中学校時代の教職員からは、前代未聞の不良学級委員長だと揶揄されていたが、生徒達からはそれなりに支持されていたので、なんとか役を務めあげることができた。
 ある日の高校への通学路、道端で倒れている高齢者を見つけて近所の民家にかけこみ、震える手で救急車を呼んだ。頭の中はまっしろで声も出にくく、とにかく怖かった。
 晴れて社会人になって運転免許証を取ったばかりの私は、路上で倒れた自転車のわきに座り込む高齢者を見つけて停車した。同乗者からは「まるで僕たちの車がひいたみたいに周りに思われるから、格好が悪い。」と言われたが、そんなことはお構いなしだった。結果的には、酔っぱらいのおじいさんだったから安心し、声をかけた後で現場を離れた。
 時は流れ、金融業界に身を置いて多重債務者に関わることが多くなった私は、天涯孤独で路頭に迷っているように見えた顧客に同行して、裁判所での債務整理を手伝った。別の顧客とは、働き口を探すためにハローワークで一緒に求人を検討したりもした。またはある夜、多重債務のシングルマザーが帰宅するのを、玄関先で待っているランドセル姿の少年は、晩ご飯代の100円玉を握りしめていた。スーパーで弁当を買って一緒に食べた。もう15年以上も前の思い出ではあるが、これらがソーシャルワーカー的な役回りであったことを今ではわかるし、なるほどその後、こうして社会福祉士になったのは、それなりに素地があったわけだと納得する。当時の同僚からは、「それは僕たちの仕事ではない。」と言われていたが、そのような雑音には耳を貸さない自分がいた。

 『あなたは間違いなく、福祉の人だと思う。』

 と、当時、福祉系大学を出たという同僚から、この言葉を投げかけられたこと。これが、私のその後の進路を決定づけるものとなった。それは、何かの魔法をかけられたのかもしれないし、もしかしたら逆に魔法が解けたのかもしれない。頭からその言葉が離れなかった私は、その勢いのまま、迷わずに介護業界に飛び込んだのだ。

 私の「なぜ介護」の答えは、ひとまずこういうことである。
しかし、私がこうして私を振り返りながら、ふと気付いたことがある。

 『もしかしたら、本当は、ずっと、助けられたかったのは自分なのかもしれない。』