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ダウン症の娘 その①~母乳を飲まない…~

ダウン症の娘 その①~母乳を飲まない…~

福武早苗



産まれましたよ!女の子です

慌ただしく動く助産師さん
ホッとした瞬間、小さな泣き声が聞こえた。 産んだ後の疲れと悦びなのか、これからの子育てへの不安と体の痛みが交差してくる。

はい!おめでとうございます!
一瞬見せられたがすぐ保育器へ移された。
赤ちゃんてこんな感じなの?
なんだかあんまり泣かない?
嬉しいはずなのに不安が過ぎった。

家族は忙しく、義母はこの病院の偉い看護師だった。
産まれそうな時も不安で電話したが、しっかりしなさい!お母さんになるんでしょ!!
既に陣痛が起きていたのでタクシーの中で産んだら大変だから、激痛と震えの中フラフラで病院へ着いた。
後から考えたら恐ろしいが、分娩室に入ってもおかしくない状況の中1人でタクシーを呼び、荷物を持ち向かって大きな病院の柱へ汗だくでしがみついてしまい、義母に叱られたことを覚えている。
産まれかけてるんだから、本当によく我慢出来たと思う。

お腹の中に居る間は順調だったはずなのに、この部屋の中では、だだただ不安しか過ぎらなかった。
ダメダメ。とくかく無事に産まれて来てくれただけで嬉しい。
嫌な気持ちは考えないでおこう。
確かに手足の指の数もちゃんとあったし、目鼻口もある。大丈夫だ!

女性なら誰しも、お腹に赤ちゃんが宿ったとしたら、産まれた後の未来を想像し、どんな子供に育てようかとか、いろいろ希望を描き、明るい未来しか考えたくもなかった。
重たいお腹を抱えて元気に産まれてくるように食事にも気を使い、本能的に10ヶ月という間、不慣れながらもしっかり自分のお腹を守って自らの栄養を取られながら育てているんですから。

でも、私の子供は保育器にすぐ入ってしまった。
説明を聞くと、黄疸が強いからと言われた。

母乳もほぼ飲まなかった。
いや、飲めなかったに近い。
しっかり母乳飲まさないと抵抗力が無いから菌に負けてしまいますよ!
病院の助産師さんは厳しかった。

でも、飲まない、飲めないみたいなんですけど?
悩んで悩んで調べた。
助産師さんにも何度も相談した。
このまま死んでしまうのでは?
飲まない、飲めない状態でどうなるんだろう。
私だけ先に退院したが
飲まない、飲めないのに子供の為に母乳は搾乳して持参するルールがあったので、定期的に届けていました。

持って来ても飲まないんだけど。
助産師さんも困っていた。
2週間くらい経過して、やっと自宅へ帰れた娘はやっぱり飲まない、飲めない。
哺乳瓶の先をカットして流し込むように噎せて咳き込むけれども飲ませていました。

顔色も悪いし、飲まない、飲めないし、何しろ泣かない。

一体どうしたんだろう。
意味が解らず暗い毎日は過ぎ言われた1ヶ月後の通院日が来ました。
けれども何かアドバイス的な事もなく1ヶ月検診は同じ時に入院していたママの子供達に比べても劣等生の私の子供は低体重、低身長。他のママの子供はぷくぷくして羨ましい。
そして、私だけ別の日に呼ばれました。

大きな病院でしたので、専門外来があり、遺伝子研究をしている教授の所へ話を聞きに行くと、

-残念ですが—————
その言葉が耳に入ってきた後からまた続けて聞こえたのは、

ダウン症—————

話は長かったと思いますがダウン症って何?
私の頭には何も入っては来ませんでした。

「自然の法則」
チャールズ・ダーウィンが提唱した進化論として自然選択の淘汰説を指す。
それは、環境に適応する能力を獲得した生物が生き残り、適応できなかった生物は、淘汰されていくという考え方である。
この自然選択を人為的に行い、人類の進歩を促そうという発想から、19世紀の終わりに優生思想は生まれた。


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