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ブックレビュー 泥の河 宮本輝著

ブックレビュー 泥の河 宮本輝著

高浜敏之



本作品は最も好きな小説のひとつであり、三島由紀夫の「憂国」、中上健二の「千年の愉楽」、坂口安吾の「私は海を抱きしめていたい」、と並んで、若かりしころ何回も何回も読みました。

愛読するすべての作品に共通するのは、死の予感に溢れてる、というところでしょうか。

泥の河もまず主人公である少年が衝撃的な死の場面を目撃するところからスタートします。そのあと友だちとの出会い、交流、そして別れが綴られていきますが、通奏低音のように死の気配が流れます。

フランスの文学哲学者ジョルジュ=バタイユは、人間の欲動=エロスを、死にいたる生の称揚と定義し、兵庫のマネージャーの井町さんは、余命というコラムを通じて死の予感と直面したことで自分自身に正直に生きる必要性について痛感したと書いてらっしゃいました。

私たちは紛れもなく死に向けて刻一刻と近づく有限な生を生きているという事実のなかにいるわけですが、この事実を忘却することで恙無い日常が可能となり、またその忘却によってリアリティーが枯渇し、二次的なことに囚われてしまっているということも否めないかもしれません。

作中には象徴的存在である巨大魚が現れます。泥の河を読んでからはや30年のときがたちましたが、いまだこの巨大魚が象徴する何ものかを名づけることが私にはできません。

むしろ安易な解釈を許さないところにこそ、この作品の奥深さが感じられます。

生きることと死ぬこと、出会いと別れ、喜びと悲哀、など本質的なテーマが少年の眼差しを通して描かれ、静かに交錯する珠玉の名作だと思います。

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