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生と死について7 人間は動物なんだから

生と死について7 人間は動物なんだから

原田岳



“ 生と死 ”というテーマを考える時、多くの方はまず自分の“ 生と死 ”について考えると思います。
を考えるとTHE YELLOW MONKEYの『 JAM 』という曲を思い出します。その曲を聴いて当時20代だった私は“ 生と死 ” について考えさせられたのを覚えています。その歌詞とは…

外国で飛行機が堕ちました
ニュースキャスターは嬉しそうに「 乗客に日本人はいませんでした 」
「 いませんでした 」 「 いませんでした 」

今まで何気なく視ていたTVのニュース、“ 嬉しそうに ”はさておき、確かにそう言ってる…。それを今まで何も感じずに過ごしてきた自分。自分から距離が離れた人の死について無関心に近い感情であった事に気付きました。この曲は80万枚以上を売り上げているところをみると、私以外にも多くの人が様々何か感じるところがあったのだと思います。
自分から離れるとは、私の中で親族 → 親友、友人、職場仲間、知人 → 町民 → 市民 → 県民 → 国民の順で気持ちが遠く なっているように感じます。
ただそれは私の中の話で、中にはペットや植物を親族と同等の位置に置かれる方もいらっしゃると思います。
例えばこんな場合、皆様はどのような感情を持たれますか?

親友が家族同様に可愛がっている最愛のペットが暴走した車にはねられ死んだ。親友は最愛のペットが亡くなったショックで虚無感にさいなまれている…。

私の場合、「 親友をなんとかしてあげたい 」という感情と私の親友をこのような状況にした暴走した車の運転手への憎悪です。
そこにはペットの死の為に悲しむ自分はありません。残酷に言えば、ペットの“ 生 ”については無関心。

私は“ 生 ”と“ 死 ”にしらない間に優先順位をつけていたのかもしれません。

しかしこんなことを考えはじめると自分自身が生きていけなくなることもわかっています。例えば「 食肉 」 … 生きていくた為にはという正当理由をつけて殺しても良い“ 生 ”があり、学術の為にはという理由で殺される“ 生 ”もある。学生時代動物と関わってきた私は当時からそう考えていました。『 種の保存の法則 』だから仕方ないと…でもそれは都合が悪くなると“ 人間は動物 ”として捉え、動物と異なる時は“ 人間は人間 ”として捉えるという人間の身勝手 ・ エゴかもしれません。可愛いペットは動物愛護法で守られ、かたや、ただ歩いているだけのゴキブリは気持ち悪いという感情だけで妻のスリッパで一撃される。地上で1週間しか生きられない蝉は子供に捕まえられ虫かごの中で死んでいく … 私だけでなく人間社会はこれが日常で行われているのが事実、だからどうすると聞かれても私に答えはありません。

こういう矛盾を抱えているからこそ人間は“ 生と死 ”を考えるのかもしれません。動物達はいつも死と隣り合わせで生きています。そこには“ 生きたい ”という本能しかありません。例えば牛舎に一生閉じ込められて食肉用に育てられている牛が、「 俺このままだと何の楽しみもないし、どうせ殺されるんだから… 」とうつになって悩む牛はいないと思います。ライオンに脚を食いちぎられて「 もう歩けないから生きていても仕方ない… 」と諦める鹿はいないと思います。動物達はどんな環境 ・ 状態であっても今を生きたいのです。そこには“ 死 ”の選択肢はありません。

過去と未来を考えれる人間のみが“ 生と死 ”を難しく考えているだけなのかもしれません。
私はどちらかというと『 人間は人間 』派ではなく、『 人間は動物 』派です。
人間も「 今を生きたい!」という感情は全ての人に本能的に備わっていると思っています。
私は社会的動物です。“ 生と死 ”について難しく考えるのはもうやめました。それを考えるのは人間様にお任せして …
この世に生をうけた個々全てが「 今を生きる!」の本能をむき出しにすればよいと考えています。

という訳で、私は … 「 今を生きる!」

※原田岳プロフィールはこちら