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生と死について8 ハサミムシの子育て

生と死について8 ハサミムシの子育て

笹嶋裕一



今までご利用者様の死を何度も経験し、
その中には昨日まであんなに元気だったのに、という方が何人もいた。

そんな事が珍しくなかったからなのか、
人の死を意識せざるを得ない仕事と認識しながらも、
生と死に境界線がないような、不思議な感覚を覚えている。

私が死を意識するとき、それは子供と過ごす時間の中にある。

屈託のない笑顔の向こう側に、圧倒的な死の恐怖を感じる。
その刻みが希望であればあるほど、
永遠ではないという絶望を突きつけられているような瞬間がふいに訪れる。

疑いようのない生命力の傍らで、その畏怖は時折顔をだしては消えてゆく。

一方で、メカニズムとしての死も確実に近づいている。
歳を重ねるにつれてよくいわれる特有の臭いは、
突き詰めていくと死臭だと聞いたことがある。
そこから逃れることは、やはりできない。

生と死の話でいえば、「ハサミムシの子育て」というコラムを見つけた。

母親は卵がかえるまでの40~80日もの間、外敵から身を守りつつ、
カビが生えないように舐めたり、空気に当てるために位置をかえたりしながら、
片時も離れることなく飲まず食わずでそれを守り続ける。

肉食で、成虫になると小さな昆虫などを餌にするが、
孵化したばかりの幼虫には当然捕食能力はまだない。

すると飢えた子どもたちは甘えるように母親の体にすがりつき、
母親は腹の柔らかい部分を差し出し、子どもたちはそれを貪り食うそうだ。

生きるか死ぬかで子どもを産み、その子どもが生きていくために死にゆく。

その子どももやがて母親になり、わが子の体温を感じたと同時に一生を終える。

選択なのか運命なのか本能なのか、狂おしいほどの哀切の輪廻がそこにはある。

身近な人の死が、自らの生を浮き彫りにする。

ハサミムシのそれではないが、生から死を教わり、
死によって生を学んでいるような気がしてならない。

それはもしかしたら、亡くなった人からの最後の贈り物なのではないだろうか。

バトンをつなぐその日が来るまで、
しっかりと生き抜いていきたいと思う。

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