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生と死について10  私の手の色が変わるほどに渾身の力で握りしめる手、命

生と死について10  私の手の色が変わるほどに渾身の力で握りしめる手、命

佐々木優



新しい命としてヒトは生まれ、数々のライフイベントを経ながら生き、終にはそれぞれの死を迎えてはその世と別れていく。何十万年も前から、ヒトはこれを無限に繰り返してきた。特に生と死については、ライフサイクルの始まりと終わりに位置する一大イベントであり、えてして人々の激しい感情に包まれている。誕生に破顔し、死別に慟哭するのだ。
しかし私は、生と死、それそのものに人の心が動くのではないと考えている。あくまで私は。なぜなら、テレビの向こう側で、生まれたばかりの赤子を抱いている芸能人を観ても、ヤフーニュースにある海外の銃乱射事件の記事を目にしても、心がそれほど動くことがない、それぞれをひとつの情報として受け取っている私がいるからだ。かたや、家族の病を気にかけ、友人の出産にハラハラしていた私がいることも確かだ。
つまり、生と死はもとより、ヒトのライフイベントへ関わる際に抱く私の感情は、ヒトの「愛着」に支配されているのがわかる。

  私はかつて、終の棲家といわれる老人福祉施設において、高齢者介護に従事していた。入居時は杖で歩いていた利用者がなんらかのタイミングで車いすを使い始め、やがて寝たきりになり廃用が進む。そんな、ヒトのライフサイクルの最終盤に寄り添う時間が流れた。
この記事に添えた写真は、私が長く寄り添ってきたある女性とのツーショットである。彼女は入退院を繰り返していたが、その都度私は見舞いに足を運んでいた。病院というのはしばしば整容についておざなりである。私は彼女の髪をとかし、義歯を洗浄し、買ってきたハンドクリームでマッサージをする。
『ご飯はしっかり食べたか、リハビリは頑張っているか、早く帰っておいで。』
別れ際にいつも、次はいつ来るのかと私にか細い声で訊く。
私なりに、彼女の余命がそう長くはないことを感じていたため、二人の記念を残すことにした。私の手の色が変わるほどに渾身の力で握りしめる手、命。
その後、私の異動があり、すぐに再入院したことを知らされてはいたが、仕事にかまけて足を運ぶことができなかった。彼女はそこで命を終えた。
しばらくして私は、空になった彼女の居室を訪ね、深く息を吸い込んだ。彼女の死から二週間も経った、別れの挨拶であった。

さて、私の妻は看護師である。イチゲンさんも多い外来や、死の淵に臨場するオペ室、療養を看護する病棟。数々の実践を経てきた彼女は、生や死をどう捉えているだろうか、ためしに訊いてみたところ、こういう返答であった。
『オペ室にいた時は、ステた(ステルベン = 死)としても、目まぐるしいスケジュールの中にいて、いちいち個々に感情を注いでいる暇もなかった。でも、病棟では経過を見守る中でそれなりに患者への想いも残った。』
医療職はドライにみえる。しかし、そうあらないとヒトとしての心が持たないのであろう。やはり「愛着」がヒトの死への眼差しに影響していることを確信した。

また、私達の息子は現在、大学で救命救急を専攻しており、卒業後は消防署に勤務したいそうだ。「海猿」はたまた「コードブルー」が彼の正義・献身の心に火をつけたのかどうか分からないが、とにかく志は支えたい。もし望みが叶い、彼が救急隊員として活動するのであれば、私や妻よりも、より逼迫したヒトとの短時間の関りを無数に繰り返すこととなる。概ね初めて出逢う死の淵にある要救助者を、現場から救急施設に搬送する数分、この時間を彼はどう感じて咀嚼し、飲み込んでいくのだろうか。いつか彼ともこのことを話し合う機会が来るかもしれないが、興味深い反面、父としては少し気恥しい。

最後に。私はいま、こうして重度訪問介護に携わっている。それは生々しい生活、利用者の人生に寄り添いながら生を見つめ、時としてヒトの情念のるつぼに身を置く過酷な活動である。そしていつか、私がこの世界でまだ経験していないイベント、目の前の利用者が息絶えるその瞬間に立ち会うことがあれば、私はどういう眼差しでそこいるだろうか。そして、そのヒトの死を境に生を辿って何を感じるだろうか。
ひとつだけ言えること。私は私と関わったてくれたヒトの営み、ひとつひとつの命の影を、誰ひとりとして決して忘れることはない。今までも、きっとこれからも。

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