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生と死について14 知覧特攻平和会館に思う

生と死について14 知覧特攻平和会館に思う

吉岡理恵



生と死、というテーマにおいて、鹿児島県南九州市にある知覧特攻平和会館、を紹介したいと思います。この会館は、第二次世界大戦末期の特攻隊の出撃地の基地跡に建てられました。私がこの会館を訪問したのは今から10数年前ですが、今でもこの地の思い出は強く残り、この地を訪問してよかったと思い、可能なら多くの方にこの地を訪問してほしいと思っている場所です。

この会館には、敵機攻撃という任務遂行のために、太平洋の彼方に飛び立った若き隊員達の、母へ、父へ、妻へ、兄へ、姉へ、弟へ、妹へ、息子へ、娘へ、まだ見ぬそして会うことも叶わぬ我が子への、感謝と健康を願う遺書や遺品が展示されています。それらは一人の若者だけではなく、同じ宿命を負った数百名の青年たちからのメッセージの数々です。彼らは筆をしたためた後、我が手で操縦する航空機で、青い空と海を背景に、敵艦を最期の目標に定めた若者達でした。達筆な筆跡と、後世に残る家族へ伝える強く優しい言葉の数々は、この戦争がなかったら、彼らがあの時代に生まれていなかったら、地域を、社会を、国を背負う人材であったかもしれないと、鋭く心に突き刺さります。

この残酷すぎる過去の遺産を目の前にして、読む者の心は辛く悲しく、その場から逃げ出したくなるくらいの脅威がありました。それでも、私はあの場から立ち去らず、むしろ可能なら全てのメッセージに目を通したいと思い、その一つ一つに自分の心を傷つけたいという欲望のようなものがあったのも事実でした。この感傷はなんなのだろうと思います。他人の遺書を読み、残酷な時代とその時代を健気に懸命に生きた人々に思いを馳せ、人間の無力さを情けなく思い、歴史が犯した過ちに自分が傷つき、ゆえに自分自身が思い出すのも辛い体験だったにも関わらず、私はあの地を訪問したことを「よかった」と思い、人に勧めたいと思うのです。それはこの会館が建立されたこと、そして人気の観光地であることから、数多くの方々も、あの会館を訪れたことで同じような思いを持っているからではないのでしょうか。

なぜなのでしょう。人間には、心を打つ他人の辛い体験を知ることをよかったと思い、それをさらなる他人と共有したいという欲望があるのでしょうか。人の不幸は蜜の味、悪事千里を走る、という慣用句や諺はありますが、あの会館で見聞きすることはそんな言葉遊びで片付けられない事柄です。にもかかわらず、私はあの地に理由を述べられない敬慕の感情を持ったのです。

あの会館にあったものは、まさに生と死でした。人の命に優劣はなくとも、あの会館で感じた生と死は、なぜかより重く、より深く、より生き生きと感じられ、今を怠惰に過ごしている者には自省を促し、今が棘の生活である者には勇気を与えているかのようでした。それほどに、人類が犯した過ちとその犠牲者からの真実のメッセージの数々は、私の心を捉えて離さなかったのです。人が絶対に避けては通れないもの、日常生活では考えなくてもよければ考えずに過ごせるもの、そして間近にあったときに自らに問いただすもの、この生と死に、人の心が動くことは確かです。そして、いつの時代にあっても生きたいという願望を閉ざし、生きるべきという本能に抗うことを許されず、生きられる身体へ自ら終止符を打つということは、万物の生にあってはならないことです。

しかしながら人類がこの不文律を犯してしまったということは事実であり、その犠牲となったのは一人一人の若き隊員たちでした。そして、この二度と繰り返してはならない過ちを若き隊員たちが遺書という形で後世に残したことは、種族を守ることの手段だったと捉えることはできないでしょうか。また、それを語り繋いでいく者が、過去の過ちがいかに人を不幸にするかをより多くの人に伝えていくことは、人間の防衛本能に基づくものといえないでしょうか。よって、あの会館が表向きは人気の観光地として知られていても、実は種族の危機を察知し、危険を予告する場所として機能しているとも考えられないでしょうか。だとすると、自分自身に対する、あの地を「よかった」と思い、他人に勧めることに対しての納得が得られるような気がします。

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