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ドーピング問題に見えるロシア社会の障害者観

ドーピング問題に見えるロシア社会の障害者観

古本聡




英BBCニュースサイトによると、IPC=国際パラリンピック委員会は本日、2017年5月23日、ロシアの組織的なドーピング問題について、「問題を生んだシステムが改善されていない」として、ロシア・パラリンピック委員会の資格停止処分を継続すると発表しました。昨年開催されたリオデジャネイロ・パラリンピックでは、ロシアのすべての選手が出場できませんでしたが。IPCは、先週スペインで開いた理事会で、ロシア・パラリンピック委員会の改善の取り組みなどを検証した結果、上のような発表に至ったそうです。

IPCのクレイバン会長は22日、ロンドンでこの問題に関して記者会見し、調査チームから、ロシアでは改善に向けた計画が立てられ前進は見られるものの、いまだにドーピング検査が妨害されるなどの問題を生んだシステムは変わっていないという報告を受けたことを明らかにしました。

クレイバン会長はまた、「ロシアはドーピング文化を改めて、世界の信頼を回復すべきだ」とも述べました。さらには、開幕まで10か月を切った平昌(ピョンチャン)パラリンピックについて、「9月に予定されている次の理事会までにロシアが基準を満たせなければ、同大会へのロシア選手団の出場は極めて難しい」とも付け加え、出場できない恐れも十分に現実的だとの見解を示し、ロシアに具体的な改善を急ぐよう強く求めました。

子供の頃を含め、10年間を旧ソ連で過ごし、その後の40年間もロシアと関わってきた私の目には、このパラリンピアン・ドーピング問題は、あの国の社会的な、さらには歴史的(伝統的)な人間観、そして障害者観にその病巣があるように映ります。

ご存知のとおり、スポーツの世界全体を見ると、かつてのソ連では国威発揚を目的として、ステート・アマチュア選手(国家により養成されるアマチュア・アスリート)を輩出するために、子供を幼少期から繰り返し選別し、才能のある子にはスポーツの英才教育を与えました。そこでは熾烈な競争が強いられ、学年が上がるとともに篩に掛けられ、最終的な超エリート・アスリートが作られていくシステムでした。そして能力の高さが認められた人間のみが、スポーツだけに専念できる人生が保証されるのでした。そこまでの過程で、そして現役活動を退いた後の生活にかかる全ての費用が国家持ち、という最高の待遇。ただし、オリンピックの選手にまでなれるのは1000人にわずか一人という狭き門でした。

ソ連崩壊とともにこのシステムは、優秀なコーチ、スポーツ医学の専門家などの海外流出により弱体化したのですが、第一次プーチン政権あたりから復興し始め、今では国家による直接支援が減った分を各種国策企業経由での支援に切り替えた形でほぼ完全復活した、と言ってもいいでしょう。

このシステムのレールに上手く乗り切れなかったり、ふるい落とされた選手たちは、単に脱落して凡人としての人生に甘んじるだけならまだしも、こうした特別コースで筋肉増強剤などをたっぷりとぶちこまれたりして、無理な身体作りをやっていますから、途中で廃人同然になったりする、悲惨な人生を送る人間も数万単位でいるのです。何せ、この人たち、スポーツ以外の勉強も職業訓練も受けてこなかったのですから。だからこそ、ロシアのアスリートたちは国家の方針に必要以上に忠実に従うようになり、メダル獲得のためにドーピングでも何でも受け入れてしまうわけです。

また、時代の新旧に関わらず、ロシア人は英雄的行為の達成者を、他の国の人々に比べ異常とも言えるほど尊び、他方では英雄になり損ねた者を、これでもかというほど軽蔑する傾向があることを、ここに書き加えておこうと思います。

一方、ロシアの障害者アスリートたちを取り巻く状況はさらに過酷で、メダルが取れるかどうかは、生死にかかわる問題と言っても過言ではありません。「他人の施しや慈悲で生きている癖に、障害者は家でじっとして居ろ!」、「何の才能もなく、何も成し遂げていない障害者はタダのクズ、社会のゴク潰しだ!」、「醜い姿を人前にさらすな、車椅子は病人用の運搬具で、外出用の靴なんかではない!」 ―‐ ロシア人が今でも持っている障害者観です。しかも、これらのフレーズ、つい最近、練馬区にある私と同じ団地に住むロシア人数人が、近くの公園で数人の車いすユーザーを指して吐いたものです。まさか、彼らの母語を解する日本人がすぐ近くに居ようとは思わなかったのでしょう。

ロシアでは、障害者は施設に隔離されるべきだという認識が今も強く、インフラ整備も遅々として進まず物理的にも障害者の外出や社会参加は不可能に近いのです。そんな中で、オリンピック選手と同様に、パラリンピックの選手やコーチには獲得メダルに応じた報奨金が出されます。障害者スポーツは国威を示す道具であり、才能を見出された障害者にとってのスポーツは、障害者収容施設でベッドに括り付けられているのではなく、自分の家で暮らす「ごく普通の生活」を手に入れられる数少ない手段なのです。しかも、成功し続けている限り、国家の支援と庇護が受けられるのです。逆に、失敗したり落ちこぼれたりしたら、また元の収容所で一生を過ごすことになるわけです。この歪んだ現実こそが、ロシアの障害者スポーツにおけるドーピングの土壌である、と私は思っているわけです。

私は何も、国家の介入や支援が不要だと言っているわけではありません。国の支援はもちろん大切ですが、成果をメダルの数だけで評価するような考え、しかも上で述べたような背景では、大会の精神から大きく逸脱していると、そう言わざるを得ないと思うのです。残された機能を最大限に生かすという理念のもと、パラリンピックの選手たちは可能性を追い求めているのです。パラリンピックだけではなく、五輪憲章もまた、あらゆる差別を認めず、互いを理解し合うことを求めています。ロシアの社会はまだ、その要求を受け入れる用意さえできていないのではないでしょうか。 にもかかわらず、スポーツの祭典を国威発揚の場ととらえ、選手に過大な荷を負わせる現実が厳然としてあるのです。その帰結がスポーツ界を揺るがしたロシアの国家ぐるみとされるドーピング問題なのです。人間への敬意を忘れず、スポーツの意義を今一度確認し直して、3年後の東京五輪・パラリンピックには、少しはましな状況になっていることを願うばかりです。

「あの選手の強さはドーピングによるものではないか」といった疑念のある試合では、選手も真剣に戦えないし、観客にとっても興ざめです。パラスポーツへの関心と人気が高まっている今こそ、ロシア問題を格好の勉強の材料として、IPCには“クリーンなパラスポーツ”を貫く強い決意と意思をこれからも期待したい、と私は思うのです。また、去年から急にテレビなどで露出度が上がった日本のパラリンピック・アスリートの扱われ方が、国威発揚の必要な期間が終了する2020年以降に急に悪化しないことも祈りたいと思います。



(2017年5月の記事より、再掲載)

【略歴】 昭和32年生まれ、脳性麻痺1種1級、6歳からの5年間余、旧ソ連の障がい児収容施設での生活を経験した最初で最後の日本人。早稲田大学商学部卒、大学院生だった25歳より英語とロシア語翻訳会社を経営。16年4月よりユースタイルカレッジにて障がい当事者としての講話を担当。