「白飯が食べられなくなったら死にたい」

佐々木直巳



今年5月、93歳で父は他界しました。静かに息を引き取り、大往生でした。
死を迎えるのではという前兆はありました。一日のほとんどをウトウトと眠り続ける父が
いよいよ老衰で、大好きな食事が食べられなくなってきていたのです。
昨年まではスプーンを口元にあてれば目を覚まし、静かに食べはじめ、
提供された軟野菜の病院食はいつも完食していました。
そんな父が今年に入り、いつの間にか、気づけば食事量も半減し、眠りは深く、
覚醒するのは三日に一度くらい。次第に水分補給も自ら出来なくなり、このまま何も口にせず
亡くなるのか、それとも経管栄養で延命するのか、家族で考えさせられる時が来ました。

父の死生観 
それまで大病もせず本当に元気な人で、70歳まで現役の銀行マンでした。
引退後は好きなカメラを持って各地を旅行するなど余生を楽しみ、介護など無関係な生活をしていました。
しかし退職後8年くらい経って突然発症した脳梗塞がきっかけで、歩行困難となり、あっという間に寝たきりになっていました。

そんな父が、自らの死生観を端的に表す言葉、
昔から食べる事と仕事をする事に対して、このようなことを話していました。
「白飯が食べられなくなったら死にたい」
大好物でしたので「自分で食べられなくなった時」=それが寿命という考えでした。
死生観にはもう一つ、人生の役目を終えたら(自分のするべき事を精一杯果たしたのなら)
あとは長生きするものでもないだろう、という考えを持っていました。
「精一杯仕事でいろんな人のお役に立てたのなら、それで満足。いつ死んでもいい。」と
よく言っていました。
太平洋戦争末期、いわゆる「赤札(召集令状)」を手にした経験がある父にとっては、
おそらく、この時から既に死を意識した生き方、考え方が出来ていたのではないかと思います。

延命について
父が、まだ元気だったころ、話していたことがあります。
死を目前にしたとき、いわゆる延命治療(胃ろうや呼吸器)は行わないでほしい。
もしまた脳梗塞で倒れたら、治療はせずにそのまま死なせてほしい。
簡単に言えば「そのままほっといて」ということでした。

晩年の口癖は、施設は嫌い。病院も嫌い。絶対、家で過ごしていたい。という言葉でした。
私自身、これまでに10の都道府県を転々としていた転勤族でしたが、
幸い居を構えることができ、そんな父を向かい入れ、少なからず父の思いである
「家に居たい」という気持ちには、応えられたかなと思っています。

食事介助して欲しい
認知症が進んだ終焉の頃は、用意された物を食べるという事すら分かっていないような、
単にスプーンや箸が口元に当たれば、それに反応して口を開け咀嚼しているような状況でした。
脳梗塞の影響で思うように箸やスプーンが使えないもどかしさにイライラしていた時期、
淋しそうに、介助をお願いされたことをいまでも思い出します。

既に会話も成立しない父でしたから、本当の思いは聞けませんでしたが、
これまでに父から聞いた死生観に沿って、この状況を考えると、
家には、もはや居られない事(医療施設のある老健での生活となっていました)、
そして自力では食べられない事は明らかでしたから、
これ、すなわち寿命が尽きる時が来た事を意味していました。

すでに、目の前の食事(大好きなお粥)に手をつけられなかったのですが、
母も、姉も、そして私も皆、無理強いは一切しませんでした。
口元に運ぶ介助はしてあげましたが、食べないのなら、そのまま食事を終わらせていました。
本人の食べたい気持ち、食べる力を尊重してあげたかったし、
「食べる」楽しみを奪うようなことはしたくなかったのです。

それから数日ののち、父は眠るように、大きな息を吸って安らかに眠っていきました。

最後に
私自身は、父の死生観に賛成していますし、例えばもし安楽死が制度的に認められていれば
父にも、自分にも、そのような選択を選んでいるかもしれません。
ただ誤解して欲しくないのは、このような死生観が絶対唯一の答えではないという事です。
今回ここに綴ったのはあくまで私の価値観と、この私に影響を与えた父の死生観であり、
絶対的な正しさとは思っていません。
母は、それでも延命措置を願い、姉は安楽死も延命措置も、食事介助も、認めませんでした。

人にはそれぞれ<生きざま>があるように、
死に方にも、人それぞれ納得のいく選択が出来る事が幸せなのではないかと考えます。

父の死については、いまも自身の中に「苦しみ」、「後悔」があります。
良かれと思い、食べる楽しみを優先し、胃瘻や点滴は望まないとする家族の意向を取りまとめ
病院側に伝えたのですが、死を前にした父が、自身の人生をどのように終わらせたいか、
そのことを本人と話せなかったことが、今も苦しみ、後悔となって、
自分の死生観に影響を与え続けています。

※佐々木直巳プロフィールはこちら


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