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生と死について33  季節のように

生と死について33  季節のように

高浜敏之



グループホームで働いていた時に出会った、ある女性のご利用者様のことを思い出す。

Oさんはもともと医療関係のお仕事をされていた。ご主人に先立たれ、以来独り暮らしをされていたが認知症を発症して私が勤務するグループホームにご入居された。

大の子供好きで、午前中は職員と共に近所の公園を散歩し、砂場で遊ぶ子供たちと交流するのが常であった。

昼食時に差し掛かり、ホームに帰る際にいつもこうおっしゃってた。

「子供はかわいいね~、私は子宝に恵まれなかったけど、まあその分お父さんとあちこち旅行できたからね~、わが人生に悔いなし、あははは」

認知症の代表的な症状は健忘である。いうまでもなく、この会話は毎日、まるで初めての発言であるかのような新鮮さをもってリピートされた。

時が経ち、やがてOさんの認知症も進行し、周辺症状も激しくなっていった。それにともない、ホームの男性職員が、Oさんのご主人になる機会が増えていった。

ある日、私が夜勤を担当していた。突如、Oさんが汗だくになって居室から飛び出してきて、フロアーで介護記録を書いていた私に向かって、切迫した面持ちでこう言った。

「お父さん、早く早く!!!」

何事かと思い、急いでOさんの居室に向かうと、部屋は散乱しており、ベッド上にバケツと布団が丸められて置かれ、その上に丁寧に布団が掛けられていた。

そのバケツと布団を指さして、Oさんが満面の笑みを浮かべて私にこう言った。

「お父さん、生まれたよ~、たいへんだったよ~、私、頑張ったよ~、赤ちゃんみて~、かわいいでしょ~」

そのバケツと丸められた布団は、Oさんの赤ちゃんだった。

丁寧に布団が掛けられていた。

その時私は、まだ子供はおらず、数年後に妻の出産に立ち会う経験をすることになるが、とりあえず認知症ケアのセオリー通りに

「お母さん、よく頑張ってくれたね~、ありがとう!」とOさんに伝え、居室を整理してフロアーに戻り、中断した介護記録を再開した。

不思議な感慨がこみあげてきた。

その後私は勤務していたグループホームを離れユースタイルラボラトリーの立ち上げに参加することになるが、その出来事は鮮明に記憶に刻みこまれた。

しばらくしてOさんが他界された、とかつての同僚から聞いた。

いま私は「パパ、早く早く!!!」と2歳になる遊びたい盛りの娘から急かされている。

生と死は季節のように巡る。

私の勤務していたグループホームは、春先になるとエントランスに植えられた黄色いミモザの花が咲き誇り、しばしの散策から帰還する入居者のみなさんを待ち構えていた。

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