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現在だからこそ薬害AIDS事件を振り返る

現在だからこそ薬害AIDS事件を振り返る

高山力也

今からちょうど四十年前の1989年、社会を揺るがす非常にショッキングな訴訟事件が起こりました。表題の「薬害AIDS事件」です。この事件では、HIVウイルスに汚染された非加熱血液製剤によって、主に血友病患者らがAIDSを発症、国や製薬会社などがその責任を問われました。

・事件の概要
まず薬害AIDS事件の概要について、簡単にお浚いしておきましょう。’80年代に入り突如として米国を中心に、免疫が機能しなくなるという正体不明の新疾患が現れ、その後この病は血液を媒介として感染を広げるということが明らかになってきました。一方で血液の凝固能に障害のある血友病患者の治療には、ヒト血液に由来する成分を含んだ薬剤が多く使われていました。加熱滅菌処理を施していない非加熱製剤のほうが薬効に優れたといわれますが、こちらを投与することに伴う危険性は専門家の間でもまだ認識されていなかったと考えられます。

このような状況を背景にし、’70年代末から’80年代にかけて非加熱製剤を投与された血友病患者らに、薬剤経由のHIVウイルス感染者が多数発生しました。欧米では’85年くらいを境にして加熱製剤に切り替わってゆき、日本でも同年5月に加熱製剤が認可されましたが、危険な非加熱製剤の使用に関しては長らく放置されたままでした(※この状況は何も日本に限ったことではなく、アメリカやドイツでも同様だったそうです)。その結果、不幸にもHIVに感染した血友病患者は約1,800人にも及び、彼らは厚生省の生物製剤課長や製薬会社、それに当時エイズ研究班の主導的立場にあった帝京大副学長などを民事あるいは刑事で訴えました。

・裁判の結果
民事では’89年5月に大阪で、次いで10月に東京で国と製薬企業を相手どった損害賠償請求がなされ、’96年に和解が成立しました。 また刑事では、非加熱製剤を輸入していた旧ミドリ十字社の歴代社長、薬事行政に関わっていた厚生官僚、そして非加熱製剤の投与を指示したとして帝京大病院第一内科長(帝京大副学長)が、それぞれ業務上過失致死の罪で告訴されています。このうち旧ミドリ十字社の社長3名は最高裁まで上告して禁固1年2ヵ月~6ヵ月の実刑判決(※1名は二審控訴中に死去)、厚生官僚についても昨年禁固1年、執行猶予2年の有罪が確定しました。帝京大病院第一内科長に関しては一審無罪判決の後、検察によって高裁に上告されたのですが、被疑者心神喪失を理由に公判が停止されたまま’05年に亡くなりました。

・事件後における行政側の対応
こういった痛ましい事件を受けて、厚生労働省は’03年の薬事法改正において『医薬品等の製造販売後安全管理の基準に関する省令』(GVP)を制定し、製薬企業など製造販売業者に製品の副作用情報の収集や検討その他の必要な措置を講じるよう求めました。また、ヒトや動物に由来する成分を原料にした製品(生物由来製品)という枠組みを新たに設け、これに該当する製品を扱う企業には、定期的に原材料に由来する感染症の最新の知見を収集し報告する感染症定期報告などの特別な措置を義務づけました。

・薬害AIDS事件が訴えかけるもの
薬害AIDS事件が極めて特殊だったのは、新病発生からわずか数年の間に何千人単位まで被害が拡大してしまったことです。この短い期間に、時の指導者たちは限られた条件で対応策を決定しなければなりませんでした。もしかしたら当時のエイズ研究班班長だった帝京大副学長や厚生省生物製剤課長など最新の情報を知り得た立場の人間には、最善の選択肢が見えていたかも知れません。しかしそれを独断で強行して「もしも彼らの判断が間違っていた場合」、一部の権力者の暴走と揶揄されたのはおそらく間違いないでしょう。医療政策など影響力の大きい問題の対処には、必然的にそれ相応のプロセスが必要となる筈です。ところが、未だにそのための基盤さえ整っていないのが現状のように見えます。

この事件の被害者たちが求めていたことは、果して医薬品業界の規制を強化することだけだったのでしょうか。被害者原告団がその母体である社会福祉法人はばたき福祉事業団の大平理事長からは、次のコメントを寄せていただきました。

「日本は負の遺産を忘れようとする傾向が強い。しかし、負の遺産を常に念頭に、新たなものを開発していく努力をしてもらいたい。今回の改正薬事法については、がんがら絞めの規制で、患者のためにはなっていない。健康な人が集まって作ったものとしか思えない。安全確保しつつ柔軟かつスピーディーな医学、薬学研究をお願いしたい。」

本当のところは、誰もが必要とする医療を安全・安心に受けられる社会の実現にこそあったのではないでしょうか。

医療の安全・安心を確保するためには、絶対に科学的な裏付けが不可欠です。医学的な知識や技術を、常に最新のものに進歩させていかなければいけません。今後も引き続き、生命倫理にも配慮しながら、医学研究を推進してゆく必要があると考えております。

※ 本コラムは、2010年にwebジャーナルに掲載された記事に一部修正を加えたものです。

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