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生と死について36  人生の岐路となった2つの出来事

生と死について36  人生の岐路となった2つの出来事

池田憲治



このテーマはとても難しく、答えなきテーマのようにも感じますが、32歳の男が今、感じていること、考えていることを書こうと思います。若輩者ですが、温かい目でこのコラムを読んでいただけたら嬉しいです。

まず、死生観を問われて1番先に頭に浮かぶのは、自分がどういう思いで死んでいきたいのか。私の死を周りの人にどういう思いで見届けてもらいたいのか、ということです。私は幼少期よりサッカーを続け、小中高・大学・ドイツでサッカーをしてきました。ドイツまで行ったのはいいのですが、セミプロまでにしかなれず、26歳の時に夢をあきらめ帰国しています。それまでは「もっとサッカーが上手になりたい」という目標しかなく、サッカーをあきらめた当時は夢も目標もなく、これからどうしようかな?と考えながら1年間なにもせずに過ごしていました。本当にどうしたらいいのか分からなかったのです。今までのように夢や目標のある生活が、どんなに有意義で幸せだったのかを痛感した1年となりました。そんな時、ふっとある考えが浮かんできました。人生の最後に夢や目標を設定しよう、と。そこで考え始めたのが、自分がどういう思いで死んでいきたいのか。自分の死を周りの人にどういう思いで見届けてもらいたいのか、ということです。この事を考えるのに、あまり時間は掛かりませんでした。自分が死ぬとき、またもう1度自分の人生を生きたいなと思いたい。自分が死ぬとき、周りの人が私という人間に出会えてよかったなと思ってもらいたい。これが私の人生における夢となりました。

次に頭に浮かぶのは、私が福祉業界で働くきっかけになった考えです。それは、「戦争という激動の時代を生き、今の日本の礎を築きあげてきた人たちに恩返しがしたい」という考えです。生きたくても生きることができなかった人たち、自分の命を投げ出してでも日本を守ろうとしてくれた人たち、戦争に行く人を見送らなければいけなかった人たち。戦争はこの先起こしていけないことの1つだと思いますが、「今」は間違いなく戦争で亡くなった人たちの命なくして存在しないということです。亡くなった人に対して私が出来ることはあまり多くありませんが、まだ生きている人に対して出来ることがあるのではないかと思い、高齢者介護の仕事を始めました。恩返しと共にそんな人たちから何かを学びたい、そう決心したのもその時です。当初は介護に対していい印象は全くありませんでした。給料が安い、結婚できない、汚いという3K。それでもアルバイトを除くと初めての仕事としては、高齢者介護以外は考えられませんでした。他にも興味を持った仕事はいくつかあったのですが、この仕事をしなくては前に進めないような気がしたのです。

振り返ってみれば、私の人生の岐路となった2つの出来事について、そばには生と死がありました。いつか自分にも訪れる死。それはいつ、どのような形で訪れるか分かりませんが、死ぬことが分かっているからこそ、どのように生きたいのか、どんな思いで生きたいのかを選択することができたと思います。死は、なにが大切かを教えてくれる存在とも言えるのではないでしょうか。また、今の時代に生きる私は、先輩方の努力や命のおかげで存在するということを感謝し、次の時代を創っていかなければいけません。

いかがでしたでしょうか。今回は私の人生における2つの出来事から「生と死について」書かせていただきました。視点を変えればまた違った死生観が見えてくるでしょうし、皆さんそれぞれに死生観はあると思います。ただ、どんな視点から死生観を見ても、生と死は表裏一体なのではないかと思います。生を考えるとき、隣には死があるでしょうし、死を考えるとき、生が輝くような気がします。私は今、4人の子供がいますが、家庭をもってそのことをより明確に感じることができました。これから先、様々な経験を通して私の死生観は変わってくると思います。正解・不正解ではなく、自分なりに考えてみることが何よりも大切なのではないでしょうか。時には立ち止まり、自分や時代を振り返ることによって、次へと進む一歩に変えていければなと思います。最後まで読んでいただき、ありがとうございます。