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ロシア・モスクワ市内のバリアフリー状況 ~後編~

ロシア・モスクワ市内のバリアフリー状況 ~後編~

古本聡



私があの大通りに住んでいた頃、今回のツアー参加者と同じ場所で車いすがスタックし、歩道の縁石は崖のように高く、店舗の入り口も高い階段に阻まれて、殆どの場合一人では到底登れなかった。今思い出してみて、よくあんなフルバリアの街で暮らせてたよなぁ、若くて体力もあったんだなぁ、としみじみ思う。

今回の検証ツアーでも、車いすで自由に入れたのは、ロシアの大手スーパーマーケット1軒と靴店が一軒、酒屋が2軒だったそうだ。車いす使用者専用駐車スペースは、昔も今も1台分もない。

また私は地下横断歩道も利用したことが無い。余りにも階段が急傾斜過ぎて、怖くなって諦めたのを憶えている。大通りをはさんでマンションとほぼ真向いの位置関係にある学校に通うのも、直線距離にすると数十メートルのところを、迂回し、まずモスクワ川まで下りて通りの反対側に渡らざるを得なかったのを思い出す。その距離何と700メートルであった。警官の態度も同じだった。

しかし、バリアフリー後発都市としてのモスクワは、他の福祉先進国の好例がいくらでもあるはずだ。にも関わらず、何故にあれほど「自我流」を通すのだろうか。甚だ不思議だ。バリアフリー整備向け資金は、国家予算からもモスクワ市予算からも潤沢に出されているはずなのに…。

ひょっとして、障害者関連のロシアのサイトで噂になっているように、資金がどこかに消えて行くと言うのはあながちでたらめでもないような気もするくらいだ。

話は少し変わるが、モスクワの人達は、子供連れや女性には気軽に救いの手を差し伸べ、混んでいるバスでは席を譲り、とても親切で温かいとの、日本人旅行者などの感想をよく耳にする。私もそれについては同感である。ロシア人は実に温かい大きな心を持っている。 しかし、あくまで一般論だが、ロシア人は往々にして女性や子供には優しく親切だが、障害者に対しては一種非常に厳しい感情を持っていると、彼らと50年間以上付き合ってきた私としては言わざるを得ない。国が強くあるためには市民一人一人が健康で強靭でなければならない。病人や障碍者はベッドで寝ていればよい、というのが彼らの基本的な、というか、歴史の中で染みついてしまった考え方なのだ。

ロシア語で身体障害者のことをインバリッド(Инвалид、英語表記でInvalid)という。必ずしも英語の意味をそのまま用いているわけではないが、元々がラテン語であるが為にニュアンスとしてはほぼ同じだと考えても良い。直訳すれば「役立たず」である。この言葉が(フランス語から)ロシア語に入ってきたのは18世紀の前半頃だとされている。当時は、戦争に明け暮れていたロシアにいわゆる傷病兵が急増し、当時の帝政ロシアの政府としても何らかの手立てを打たなければ、街中が物乞いや犯罪者だらけになる恐れがあった。また、常に西欧諸国に追いつくことを目指してきた当時のロシアにあっては、健康な国民が住む健全な国家の象徴としてせっかく創った新都ペテルブルグ、聖都モスクワが傷病将兵、結核患者、くる病患者(脊柱が湾曲する骨形成異常で、ロシアでは多い疾病)、その他障害者で溢れていたのでは、国家の威信にかかわる、と為政者は考えたのだ。そこで採られたのが障害者強制移住・隔離政策である。その政策は1917年の社会主義革命以降もずっと継承されてきた。250年以上も続いた、いわば「伝統」になってしまった政策と人々の心情、障害者観がソ連崩壊後のこの27年間でどれぐらい変わったのだろうか。

障害者隔離政策について言えば、今でもロシアでは、18歳過ぎても職業や進路が決まらない重度障害者(知的障害がない人たち)は、老人ホームに自動的に送致されるそうだ。通常、障害者施設と老人ホームは併設されている。そういう施設で一生暮らす障碍者も多いようだ。が、それでも、少しずつ変わってきていることも事実だ。牽引力になっているのは、ここ20年くらいの間に西欧、米国で教育を受けるチャンスを与えられた障害者たちである。また、欧米では積極的にロシアから障害学生を受け入れているようだ。日本にも同じことが言えるが、障害者を取り巻く環境を変えるには、キモはやっぱり教育のようだ。

ちなみに、最近(2014年ソチ五輪・パラリンピック招致が決まった後)、マスコミや公式の場では障害者のことを表現するのに、「機会を制約された人々(Лица с ограниченными возможностями)」という言葉と「インバリッド」とを併用するようになってきている。まかりなりにも文章を扱う職業に就いている私としては、いわゆる「言葉狩り」には抵抗感を覚えるが、上記のような配慮ある言葉の変化は歓迎したいと思う。

  「他人の施しや慈悲で生きている癖に、障害者は家でじっとして居ろ!」
«Раз инвалид, сиди дома, не высовывайся! Живи на милостынях!»。モスクワ在住時、何百回このフレーズを聞いただろうか。そしてその度に街中で大声を張り上げて喧嘩したのを今でも覚えている。けして恨み事に思っているわけではない。むしろ普通の健康な日本人には経験できない、実に面白いモスクワ生活を送ることができたのだと考えている。またこうした口論で相手を論破することで、私のロシア語コミュニケーション能力が鍛えられたのは事実だ(笑)。しかしその一方で、このフレーズにこそロシア人の一般的な障害者観が詰まっているとも思えるのだ。

彼らが女性や子供にやさしく親切なのは、まさしくValidな(社会にとって)存在だからであり、障害者に対しては未だに自我流を通すのは、障害者がその名の通りInvalidであると彼らは感じているからだ。



(車いす用スロープの構造やユニバーサル・デザインの規格を管理する国家規格委員会。その建物も勿論フルバリア。)



(レーニンスキー大通りにある唯一の障害者駐車スペース。ここは左右車線の真ん中にある緑地帯の一部。ここで車を降りても高い縁石を2回乗り越えて、猛スピードで疾走する車の間を縫うように進む勇気が無ければ街中には絶対に入れない。)

なお、今年のモスクワ・バリアフリー検証ツアーは、ここ10年の間、毎年恒例のイベントとなっている、とのことだ。今年もまた、去年とは違うルートで行われることが予定されている。そして今度は、バリアフリーの必要性をより広く、より多くの市民に理解してもらうため、車いす使用者だけでなく、ベビーカーを使っている母子連れの参加も計画している。



~前編はこちら

(2017年5月の記事より、再掲載)

古本聡(こもとさとし)
昭和32年生まれ、脳性麻痺1種1級、6歳からの5年間余、旧ソ連の障がい児収容施設での生活を経験した最初で最後の日本人。早稲田大学商学部卒、大学院生だった25歳より英語とロシア語翻訳会社を経営。16年4月よりユースタイルカレッジにて障がい当事者としての講話を担当。