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ブックレビュー 超高齢社会の介護はおもしろい!

ブックレビュー 超高齢社会の介護はおもしろい!

高浜敏之



福山市鞆の浦にあるさくらホームという事業者の代表を務められる羽田 冨美江さんの著書です。この本を読むきっかけは、いくつかありますが、まず私を含む家族一同がみな鞆の浦という町が大好きで、たびたびこの町を訪れ休日を過ごすことがあり、鞆の浦は宮崎駿さんの作品である 崖の上のポニョの舞台になったこと、ポニョの登場人物であるリサさんのモデルが羽田さんてあることは周知の事実であり、以前から羽田さん自身に私をはじめ家族みんなが注目していたこと、また土屋訪問連続学習会第4回を羽田さんのご協力のもと鞆の浦で実施することができ、その際に羽田さんとお話させていただく機会に恵まれたこと、などがあげられます。

またこの鞆の浦という町での羽田さんたちの取り組みが、介護保険制度の基本的な指針でもある地域包括ケアシステムのモデルのひとつになっているということを知り、驚きと関心がますます深まりながらこの本を読みはじめました。

内容は羽田さんがさくらホームを開設することになったきっかけ、運営するなかでのさまざまな出会い、彼女自身の思いやビジョンなどが書き綴られ、リアルな体験の記録にずんずん引き込まれて、行きつけのカフェで読みはじめ、コーヒーカップが空になったことに気づいた頃には読了してしまっていました。

羽田さんの取り組みに対する深い感銘とともに記憶に書きこまれた本書の最頻出ワードが、互助、です。羽田さんは単にサービスを提供するだけではなく、そのサービス提供地域の人と人とのつながりを生み出し、またさくらホーム自体がそのネットワークの形成される場となり、その出会いを通じた化学反応が新しい関係性と意識をドラマチックに再生産しつづけるチャンスとなり続けているプロセスが本書で描かれていますが、この関係性こそが、互助、という言葉に集約されています。

互助とは、読んで字のごとく、お互いに助け合う、すなわち双方向的なコミュニケーションが読み取れます。そこには助けるものと助けられるものの固定的な関係、いずれはパターナリズムに帰結することにもなりかねない一方的な関係を超えていく可能性が読み取れます。

そこで想起されるのが、土屋訪問で一貫して問題提起しつづけてきたヘルパーとご利用者様の関係性です。かつて公的介護保障の黎明期、青い芝の会や全国公的介護保障要求者組合が立ち上がり、社会に対して障害者がふつうに生きる権利を訴え続けていたとき、当事者と介助者の関係は互助、双方向的であった、というか、そうでしかあり得なかった、と聞きます。その後に公的介護保障制度が整備され、ヘルパーという労働がサービス業の一バリエーションに昇華しつつある過程の中で、当事者はサービスを消費する主体となりヘルパーが取捨選択される商品となり、かつてあった互助性が次第に漂白されていきサービスの送り手と受け手という一方的かつ固定的な関係性が生まれつつあり、その新たなフェーズで新しい問題が増殖していっているように見受けられます。

そんな昨今に古き良き時代的なノスタルジーを持って1970年代を再評価するような思いが沸き上がり、そのような言説と出会うことも少なからずありますが、私自身も青い芝への憧憬と同様の想いを羽田さんたちの取り組みに抱きました。

そしてかつてルネッサンスが古代ギリシャを模倣することでアバンギャルドを牽引したように、大先輩の取り組みを学び、模倣し、同時代的すなわちテクノロジーを大胆に導入するなどすることで、ポストモダンを生きる、5G時代の新しい互助のありかたを産み出せないかという妄想にいま耽っているということを告白します 苦笑

そんな羽田さんからさらに多くを学ばせていただきたいと思い、年末は東京で独り暮らしする母と山梨に暮らす弟家族に鞆の浦にきてもらい、さくらホームが開設された燧冶(ひうちや)というゲストハウスに宿泊させていただき、福山でリーダーシップをとるコーディネーターの谷本さんにコーディネートしてもらい、みんなでさくらホームを訪問し、羽田さんのお話を聞かせていただき、さくらホームを見学することができ、ますますファンになりました 笑

私たちは共通価値のもと日本全体の社会変革をビジネスモデルをフル活用して遂行し、羽田さんたちは鞆の浦というロールタウンを地道な実践を積み上げることで地域のあり方と人の意識を少しずつ変えていったのでしょうが、グローバルとローカルという表層的な差異を除けばビジョンはほぼ同じだということも直接お話して再確認されました。

羽田さんたちの画期的なコミュニティビルディングや互助という双方向的な関係性のあり方に関心のあるかたは、ぜひ本書を読み鞆の浦という街を見学されることをおすすめします。