ニュース&ブログ

レポート 〈哲学×デザイン〉19 障壁のある人生をどのように生きるのか

レポート

〈哲学×デザイン〉19 障壁のある人生をどのように生きるのか

吉岡理恵

1/12(日)、こちらのイベントに行ってきました。
入場無料・事前登録制とありましたので、事前登録をしたつもりでしたが、登録完了のお知らせのようなものをいただいていなかったので、参加者として私は認めてもらえているのか少々の不安を抱えながら会場に足を運んだところ、主催の梶谷真司教授から、登録はしてもらっていますが、来たい人は来るし、来ない人は来ないし、よって受付も用意していないんです、とゆる~い説明がありましたので、参加する側としては逆に安心して会場の一画に居場所を設けることができました。また、子連れ大歓迎のチラシの通り、ベビーカーのお母さんや就学前のお子さんもたくさん会場に来ていましたが、子供はうるさかったり泣いたりするものですから皆様ご了承くださいね、と前置きがありました。



本イベントのゲストは伊是名夏子さん、藤原雪さん、Michel G Peckitttさん、稲原美苗さんで、それぞれの方々から障壁についてのプレゼンがありました。

伊是名夏子さん
「みんな違ってみんないい」という言葉があるが、それによって合理的配慮をすると、そのあとはその人を考えなくていいという切り離してしまう傾向にないだろうか。だとしたら、やっぱり同じ、という視点も大切なのではと思う。今日のように子供が大人と同じ空間に居合わせたとき、その子供自身は我慢させられる状況に置かれてしまう。誰かが我慢をさせられることなく、かつ背伸びもできるような空間が作れるといいと思う。

結婚したとき、ご主人の親御さんにとにかく反対された。理由の一つが、ご主人の父親が特別支援学校の先生をやっていて、障害者の親御さんの苦労を知っているからだった。そして、今まで自分と仲の良かった人たちが結婚について反対者の意見に理解を示したということが特にショックで、障壁を持ちながら生きていくことは難しいと実感した。

藤原雪さん
大学院に入学した時期くらいに出産した。今はシングルマザーとして子供を育てながら修士論文を書いている。親が学生であった場合、子供が小さければ親は休学して育児に専念する期間を設けるのが普通だろうが、自分はその道を選択しなかった。ボランティアの人たちの協力を得ながら、学業と育児を両立しようと思ったが、同級生からの理解しているともいえないともとれる反応に都度心を悩まされている。今も休学せずに通学したことは自分の我儘だったのだろうかと自問自答している。

Michel G Peckittさん
英国人であり後述する稲原美苗さんのパートナー。障害をもちながら日本で暮らしていると、障害者ということより、日本人でないことの方が前面に出る。英国にいるときは、哀れみや同情の目で見られることが多かったが、日本に来て自分がまず外国人である、ということに新鮮さを感じた。自分が日本で経験したことは、外国人として、障害者として、その両面をもつ者として見られるということなのだと思った。

稲原美苗さん
脳性麻痺とそれに付随する構音障害がある。子供のころ、小学校の入学案内が届かず、代わりに養護学校の案内が届いた。オーストラリア、イギリスに留学経験があるが、ビザの取得や就職の面で非常に苦労した。100を超える採用応募をしたのに職を得ることができなかった。



質疑応答タイム。
障壁は乗り越える、壊す、避ける、どう思いますか、という質問に対して。

伊是名夏子さん
骨折したときはとにかく痛くて辛い。一ミリも動かしたくないと思っているのに、特に親はよかれと思って手を出してきた。そうした経験から、自分が他人に何をしてほしいかを考えて言えるようになった。また、障壁があると選択肢が少なくなるのだが、そのことを周囲の人は分かっていない。でも、自分が声を上げるだけだと、障害者がなんか言っている、困った人が困ったと言っている、という状況しか作れない。そうではなくて、周囲の人にその障壁を理解してもらい、周囲の人に声を出してもらう必要がある。

障害者や障壁のある人に対してクレームを言う人がいるが、そういう人たちにこそサポートが必要だと思う。クレームを言う側への配慮やケアが充分にあったら、クレームは出ないのではないかと思う。また、自分が頑張っているとそう見えない人を攻撃したくなる傾向がある。それでも、どうしても理解してもらえない人に対しては、自分を耐えさせる方法として、いつかその人が同じ目にあったときに苦労することを予期して耐えるといいのではと思う。

藤原雪さん
自分はみんなの邪魔をしたいわけではないのに、邪魔をしたかのように言われてしまうことがあったので、状況に応じて適切なことがあると思う。

梶谷教授
論文の進行の遅延はおそらく本人の責任が大きく、それを転嫁しているだけのように聞こえる。また、社会は融通の利く人が融通を利かせて成り立っているという側面がある。少しでも融通を利かせてくれる人を増やすには、最初の前提が大事であり、前置きがないと助けてあげている、という認識が周囲の人に芽生えるような気がする。

稲原美苗さん
大学教員は、学生全員のことを考えないといけない立場にあるが、学生の子供の有無で学習の機会を奪われてはいけないと思うし、オーストラリアの大学で無料の託児所があった。

最後に伊是名さんから。
自分は障害者と言われることをネガティブに思ったことが少ない。それは、小さいころに自分の障害を指摘されるたびにそれが褒められていることだと思っていたので、自然と自己肯定感が高めることができたからだと思う。そして、転機となるタイミングで自分の味方になる人に巡り合えたことも大きい。いろんな人を頼った結果として、自分の居場所を各所で持つことができている。

生きていくうえで、気の合う人より合わない人とどうやっていくかが大事なこと。親はいつも子供の味方になれるわけではないので、何かあったときに子供が頼れる居場所を作りたいと、先生との関係づくりを主眼に子供に習いごとをさせている。そうすることで、家庭以外に子供の居場所が自然と作られていくではと思っている。

本イベントに参加して。
誰もが障壁を感じて生活していると思います。それは身体的・心理的障害の有無にかかわらずであり、人によってはその障壁が分かりづらいこともありますし、自分は全く障壁と思っていなくても他人には大きな障壁であったりということもあります。そして、障壁だなと思ったことに対して、逃げたり避けることも大事だと思いますが、できればその障壁を薄くしたり壊すことにとりあえず挑戦したいと自分自身では思っています。

また、私自身は、自分が嫌なことや難しいことを役割分担だからと切り捨てることはあまり有意義でないことのように思っています。それは、拒否を役割分担という語呂合わせに置き換えてしまうと、一定期間は心理的に安住することができるかもしれませんが、次第に自分の周囲に置く人が固定され、それによって本人の考え方が凝り固まっていくように思うからです。

本イベントでは、障害という言葉を障壁という言葉に昇華させたことで、それぞれの方々の抱える問題の大きさや深さを、捉える側にとっては柔らかく耳にすることができたように思います。それがいいことかそうでないことなのかはテーマによると思うのですが、だからこその言葉の持つ力というのを感じることができました。

また、梶谷教授の前置きのとおり、就学前の子供があっちにいたりこっちにいたり、泣いたり喋ったりとしていました。プログラムも決まっていないようで決まっていたりすることが、初参加者にとっては居心地よく過ごすことができ、とても楽しかったイベントでした。




吉岡理恵のプロフィールはこちら