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土屋人日記18  仕事と子育て

土屋人日記18  仕事と子育て

尾嶋玲子



 年末、小学校6年生の長男が「小学校最後の冬休みなので、クラスメイトに年賀状を出したい」という。
 普通に良いアイデアだと思い、余裕があるわけでは無い家計から、年賀状代を捻出して20枚渡してあげた。

 パソコンの編集ソフトを立ち上げ、自分でデザインさせるようセットしてあげた。

 できたから印刷して欲しいと言うので試しに一枚印刷するとそこにはこんな文面が

『明けましておめでとうございます
 今年もよろしくお願いします
 皆さまのご冥福をお祈りします』

目を疑った。言葉を失い、いろんな思考が頭を駆け巡った。

『皆さまのご冥福〜?!』

 この子は冗談でこんな事を書いたのだろうか? 趣味の悪いプラックユーモアのつもりなのだろうか? 母親がやっている仕事を考えても余りに酷いジョークである。いやいや帰国子女でもハーフでも無いのに日本語が不自由なところがあるので、単純に思い違いなのだろうと、ご冥福の意味を知っているのかと問いただすと、どうも格好つけて『ご多幸』と書きたかったところを思い違いで『ご冥福』と書いたようで、ご冥福の意味を教えると蒼ざめた顔になり慌てて打ち直した。

 これが最終学年の成長結果かと思うと情けないやら、悲しいやら何とも言えない気持ちになり、仕事の忙しさで子供と向き合えていない自分を責める気持ちになってしまった。

   お正月のおめでたい元旦に、呪いのようなこんな年賀状がお友達に届いてしまったらと想像しただけでもぞっとする。

 余り勉強も見てやれてない割にはそこそこな成績を取ってくるので心配は無用なのかと勘違いしていた。

 こんな当たり前の一般常識すら分かっていない長男の先行きが不安になった年末年始であった。

   問題の年賀状は、子供らしいわかりやすい言葉に訂正させ、問題の一文は『残り3ケ月楽しく過ごそうね』と書き換えさせた。

 自分の『分かっているだろう』という根拠のない楽観主義が、子供の成長と特性をちゃんと理解できていないという事を目の当たりにした気がした。

 これは仕事にも言える事で、利用者様のこと、ヘルパーのこと、ちゃんと分かっているつもりで実は半分も理解できていないのではないか、反省を促された。
  正しく知り、理解することこれは子育てにもマネジメントにも共通する部分と言える。

 正しく知っただけでは不十分である。そこからどうやって関わっていくか、良いコミュニケーションが取れているか、的確な対処や指導ができだか信頼関係が築けているか常に自分の立ち位置を確認する必要がある。

 年明け、学校から電話があり、いつものように身構えてしまい
 『あっ、また何かやらかしたのか。今度は何をしたのだろう』
 そんな思いが一瞬に脳裏をかすめ、受話器を取る手を鈍らせた。そのまま切れてしまったので、慌ててかけ直したが、留守電で『受付時間外〜』のガイダンス。そのままかかって来なかったので仕方なくほっておいた。

 次の日改めて電話があり、次男の担任の先生だった。
「翔馬くんが最近とても良い子で、学級代表で朗読をしたのですが、とても気持ちがこもっていて良い朗読をしたので、嬉しくて思わずお父さんに知らせたくて」  との内容だったらしい。

    『なんだ苦情ではなかったのか、こっちは勝手にビクビクしてたのに』
 と思いつつ考え直し、先生方も忙しいのに褒める報告のための電話をわざわざくれることもあるのかとびっくりした。

 家族の思いに寄り添ってくれているのだなと感じた。忙しい事を理由に音読なんかもまともに聞いてあげず、サインだけしていた。改めて真剣に次男の音読に耳を傾けると、決して上手とは言えないが、聞き手の心に訴えかけるような、抑揚が妙に心地よく爽やかに感じられた。

 先生の電話がなければ真剣に音読を聞いてあげる気持ちにもならなかっただろう。怒るだけではなく褒めることも一生懸命してくれる先生に感謝の気持ちが込み上げた。

 子育ても仕事も素直に感謝されるよう真剣に取り組まなくてはいけない。今年の課題です。


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