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土屋人(旅ガラス)日記3~孤高の白帆~

土屋人(旅ガラス)日記3~孤高の白帆~

古本聡



ロシアの高校に通っていた頃、ロシア・ソ連古典文学作品の暗記を随分とやらされた。大詩人A.プーシキンの長編・短編詩はもとより、文豪L.トルストイの長大小説「戦争と平和」の数十ページ、F.ドストエフスキーの作品からの数節、N.ゴーゴリ、I.ツルゲーネフ、A.チェーホフなどの短編作品丸ごと、果ては、V.マヤコフスキーやM.ゴーリキーと言ったソ連古典文学を代表する作家らの作品断片450篇程度を、2年間(日本の高校3年間に相当する期間)で諳んじられるまで頭に叩き込んだ。日本の高校教育で言えば、古文・漢文の代表作品を暗記するのと同じなのかもしれないが、いかんせん分量の多さには酷く参った。

そうやって強制されて学んだ文学作品の中でも当然、誰しも所謂「お気に入り」があった訳だが、私のそれはミハイル・ユーリエヴィチ・レールモントフ(ロシア語: Михаи́л Ю́рьевич Ле́рмонтов, ラテン文字転写: Mikhail Yur’evich Lermontov; 1814年~1841年)だった。

あの詰込み方式の文学教育のおかげで、今でも当時暗記したものの50%は声に出して読み上げられるし、残りについても聞いたり読んだりすれば記憶が蘇ってくる。そして、今日のユースタイルカレッジ名古屋での重度障害者訪問介護従業者養成研修統合課程への行き帰りに、私の頭の中でエンドレステープのようにグルグル響き続けていたのが、このレールモントフが大学生時代に書いた「孤高の白帆」(ロシア語題:Парус;英字転写:Parus)である。

先ずは、この人物について手短に紹介しておこう。
帝政ロシアの詩人,小説家。モスクワ大学中退後,ペテルブルグ近衛士官学校に入学,卒業して軍務につきながら詩作を試みた。彼が生きて創作した1830年代は、デカブリスト(1825年 12月,ツァー(皇帝)による専制と農奴制の廃棄を目指して蜂起したロシアの革命家たち。ロシア語で 12月のことをデカーブリというので,後にこう呼ばれた (十二月党員の意) 。その中心となったのは 1812年の対ナポレオン戦争に参加した貴族の青年将校たち)潰滅後の暗い反動期であった。社会的高揚の時代は、はるか後方にあり、彼の時代を特徴づけたものは流刑、懲役、兵役、そして自由の抑圧だった。レールモントフの詩には、その時代を生きた青年の苛立たしさと憤りがするどく反映している。プーシキンが社会現象や人間心理を客観的に表現したのに対して、レールモントフはそれらを主観的に表現した。

デカブリストのメンバーだったA.プーシキンの決闘による死に際して書いた『詩人の死』 Smert’ poeta (1837) で、レールモントフは一躍名声を高めたが,これが当局の忌諱(皇帝ニコライI世の逆鱗)に触れて、近衛騎兵青年将校だった彼はカフカス(ヨーロッパ南東部,黒海とカスピ海に挟まれ,アジアとヨーロッパの境とされたカフカス山脈を中心とする地域でアゼルバイジャン、ジョージア、アルメニアの3国がある。)に左遷された。ピャチゴルスクという町で決闘に倒れたが,短い生涯のうちにも,叙事詩『悪魔』 Demon、『ムツイリ』 Mtsyri 、小説『現代の英雄』など多くの作品を残し,プーシキンと並ぶ近代ロシア文学の創始者とみなされている。

しかし、レールモントフにとって、かつて療養で滞在したカフカスは正に第二の故郷であり、詩作の傍ら山地の風景をスケッチし、土地の伝説や民謡の研究も行った。現地での戦闘で武勲を立てるも然程には評価されず、さりとて退役も認められず、やがて自暴自棄に陥り決闘沙汰に巻き込まれて死んだ。レールモントフは、わざと決闘相手を外して拳銃を撃っていたが、相手に狙い撃ちされた、という逸話も残っている。この事件は、実は謀殺だっと言われており、レールモントフの死の知らせを聞いたニコライ1世は、「犬には犬死が似合いだ」と嘯いたと伝えられている。

「孤高の白帆」は、嵐のような人生を自ら求めて生きた、異色の抒情詩人レールモントフの作品で、ロシア詩のなかの珠玉として讃えられている有名な詩です。筆者自らの邦訳を付けてご紹介しよう。

Парус
Белеет парус одинокий
В тумане моря голубом…
Что ищет он в стране далёкой?
Что кинул он в краю родном?

Играют волны – ветер свищет,
И мачта гнётся и скрипит…
Увы, – он счастия не ищет
И не от счастия бежит!

Под ним струя светлей лазури,
Над ним луч солнца золотой
А он, мятежный, просит бури,
Как будто в бурях есть покой!

孤高の白帆
碧き海原の霧中を
孤高の白帆一つ突き進む
遥か異国に何を求むるや
故郷の地に何を捨て来しや

波浪濫りに戯れ
風吹き鳴り唸り
帆柱は撓み軋み立てる
嗚呼、孤高の一艘 幸を求めず
ましてや 幸を否むにあらず!

艇下流るる潮 空より碧く
帆縁に黄金の陽光充てり
荒ぶる舟はなおも嵐を乞い
あたかも嵐にこそ安らぎありとや!


朗読音声はこちら


【筆者プロフィール】
古本 聡(こもとさとし)
1957年生まれ 脳性麻痺による身体障害1種1級
旧ソ連で約10年間生活。内5年間を現地の障害児収容施設で過ごす。
18~24歳の間、障害者運動に加わり、障害者自立生活のサポート役としてボランティア、介助者の勧誘・コーディネートを行う。
大学卒業後通訳・翻訳会社を設立、2019年まで運営。
2016年からユースタイルカレッジの重度訪問介護従業者養成研修統合課程での実習/講話を主に担当。
現在はユースタイルラボラトリー社員。
妻、娘の三人家族。