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女性の身体2~セクシュアリティとジェンダー~FGMからの考察2

女性の身体~セクシュアリティとジェンダー~FGMからの考察2

安積遊歩



FGMはアメリカを中心として、ヨーロッパやアメリカ、マレーシアの一部で行われている、処女の女性性器を切除するというとんでもない悪習である。FGM廃絶を支援する女たちの会のHPを見てほしい。

前回のコラムで日本人の女性は、精神的なFGMをされているのではないかということを書いた。FGMという悪習、虐待が当然のこととしてある社会に私達は生きている。これは、2歳から20歳くらいまでの少女が逃げるという選択肢もほとんどない状態で、どんなに痛くても、時には命が無くなってもそれをすることが正しいという抑圧によって、何千年も行われて来ている。

ところでそうした社会とは一線を画したはずの日本でも、脱毛や脱色など身体にとって必要のないことが、若い女性の選択として行われている。このことについて今回は書いてみたい。介助にまつわることとこの女性差別がどう関係しているのか、私にもはっきりとは今はまだ分かっていない。しかしとにかく女性たちが、特に若い女性たちが置かれている現状を見ていくことで、この様々な体への抑圧と悲惨が少しでも軽減してほしいと思っている。

さきほど私は脱毛について書いたが、私は、その脱毛が特に嫌いだ。何故なら、私は8回以上手術しているが、その度に産毛しか生えていなかった両脚、性器、そして胸から下の腹部や背中を手術のたびに剃られ続けたからだ。剃刀で剃るので、もし看護師がその技術に長けてなければ、痛みもあるし、なによりその剃刀がやわらかな肌を滑る感覚が恐怖だった。「やってほしくない」といくら頼んでも、選択ではなく強制だったので、私の声はついに一度も聞かれなかった。

その後、近々の医療の中では剃毛は完全に無駄という結論になり、無くなったと聞く。あのときの恐怖と屈辱と絶望はなんだったのかと、本当に辛く、馬鹿馬鹿しい。その辛さが電車内や地下鉄の脱毛の広告を見ると蘇る。無駄なことに自分の身体を差し出す愚かしさ。やりたい人ややっている人を責めたいわけでは全くない。しかし、なぜ私たちの社会は女性の身体に必要のないことをやわらかく強要し、お金を巻き上げるのだろう。そしてもっとも悲惨なのは、自分がやりたいのだと、つまり無駄毛は醜くあってはならないものなのだと幼いときから思わせ、意識に強力に刷り込んで、この抑圧を内面化させられていることだ。必要な介助には手がなく余計な体への介入は、医療や美容と言う名で強烈に進められているこの現実。

私も剃毛を何度もされたせいか、すね毛がかなり濃くなり、10代の頃には何度か脱毛した。剃刀でも剃ったが、あまりにすぐに生えてくると、ブツブツが気持ち悪いので、それなら根っこから取ってしまえとばかりに、ガムテープでビリビリに毟り取ったことがある。しかしあまりの痛さにそれは数度でやめた。また、お顔の柔らかな毛が嫌で、それは刺抜きと鏡を使って、手術後や骨折後の暇な時間に抜き続けた。しかし、抜けば抜くほど、少しずつ自分が可哀想だと思うようになった。骨折や手術で十分に痛いのに、さらにガムテープやとげ抜きをして、さらに痛い思いをする理由はなんなのか。骨折や手術の後で、体が楽になるよう頼むのは、つまり介助については、母や妹に何でも頼めた。しかしこの毛を抜くということに関しては、頼もうとは一切思わなかった。

障害のない若い女性たちは、男に選ばれるために脱毛をし、化粧をし、選ばれるよう努力する。しかし、私の目指したい社会はそういうことから一切自由な社会であってほしい。

20代のはじめに、脳性マヒの男性と暮らしていく中で、脱毛への誘惑はだんだんに治まっていった。そして28歳でアメリカのバークレーに行ってからは、ほとんど、そして完全に脱毛をしなければという脅迫からは自由になった。そこでは、脱毛している女性を見ることは稀だった。脇毛はもちろん、ある日出会った女性は、ヒゲもふさふさで三つ編みにさえしていた。彼女はトランスジェンダーではなかったが、「ヒゲを剃る気はない」と、あっけらかんに言っていた。子供がそばに居て、彼女のヒゲで楽しそうに遊んでいたのが忘れられない。

最近、脱毛の広告には、男性版も現れて来た。そのコピーは、美しさの追求というより、ヒゲをそる時間ももったいないのではというものだ。つまり時間はもっともっと仕事をするためにあるのだと、脅迫しているかのようだ。

女の体は男のためにあり、男の体は企業や仕事のためにある。いつだって私たちの体は私たちのものではないかのようだ。ところが障害を持つと、そういう事態が一変する。

男のための女の体としては、全く相応しくない障害を持つ女性の体は、選ばれるはずはないという社会の抑圧に晒され続けている。その認識自体が虐待だが、そうした中、ついにはたくさんの性虐待を受けても、それを性虐待との告発に繋がることはありえない。もし認識したとしても、言語化すること、表現することが十分にできないことで、社会はそれを無視し続ける。

ところが男の体は、女の体の支配を約束された中で成長するから、障害を持ってもなお女の体に対する、支配の魔の手を伸ばそうとする。障害を持った男性からの女性のケアワーカーへのケアハラスメントの訴えは頻度を増している。

自分の体を自分のものとして成長してこれなかった両者が、お互いの体を手荒に扱うのは当然のことではある。

女性に対するケアハラスメントや性虐待の様々について考えていこうとするならば、冒頭に述べたFGMについてもさらによく考察する必要があると思う。凄まじく暴力的な男性社会の中に生きている少女たち。その少女たちに無関心な大人たちすべては、性虐待の加害者であると言えるだろうから。性虐待にあった犠牲者、被害者としての女性たちがさらに凄惨な抑圧の中にいる少女たちに手を伸ばし、その抑圧を止めようと行動すること。それがすべての女性への性虐待を止めることにも、確実に繋がっていくと思うのだ。


【略歴】
1956年、福島県福島市生まれ。生まれつき骨が弱いという特徴をもつ。22歳で親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介。障害者の自立生活運動をはじめ、様々な分野で当事者として発信を行なっている。
2019年7月、NHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。