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コロナウイルスと優生思想~コロナウイルスが問いかけるもの~

コロナウイルスと優生思想~コロナウイルスが問いかけるもの~

安積遊歩



 2011年、地震と津波による原発事故が起きた時、これは人間の果てしない欲望と科学の暴走が招いた“人災”だと確信した。特に日本の長期間の自民党による原発政策。これは地震大国である日本を完全に犠牲にすると、ずっと考えていた。

だからチェルノブイリ以降、ニュージーランドへの避難は私の心の奥にひっそりと宿った夢であった。しかしその夢が、現実のものとなった。それも私の郷里、福島に起きた大惨事によって実現されるとは!

その後、チェルノブイリの大惨事の時にはまるで考えてもいなかった娘が、1996年、颯爽と我が人生の同志としてやってきてくれた。ニュージーランドへの避難は彼女の命をここで終わらせてはならないという、優生思想に対する敢然たるチャレンジ第2弾であった。

第1弾は、遺伝的障がいを持つ私が、優生保護法のある社会に娘を産んだ事である。優生保護法を撤廃してから娘を産みたいというライフスケジュールがあった訳ではまるで無い。子供は産めないと、幼児期の莫大なレントゲン量で思い込んでいた私が、自分も人も大切にしたいと決断してからの取り組み、ピアカウンセリングや医療からの自立が功を奏し、奇跡のように娘が来てくれた。

ところが第1弾、第2弾に続く、第3弾が現れた。
コロナウイルスである。

もっとも、第3弾の手前に出生前診断という、凄まじい優生思想が人々の心に法律としての体裁も無く、ひっそりと当たり前の様に居座り始めていた。
お腹の中にいる子の障がいの有る無しを調べて、障がいが有れば選別し堕してしまうという、思想とも呼べない障がい者嫌悪の感情。そこにあるのは、小さな当事者の命を大きな力を持った大人たちが選別して、いらないと決めつけて抹殺する恐ろしい優生思想である。

出生前診断の全てが悪いわけでは無いという事を、私ももちろん知っている。
しかし新型出生前診断を選別に使えると知って、陽性と言われた場合、その子を喜んで迎えるという人は、99%いないという。

新型出生前診断で調べられる障がいは、多くはない。調べたからといって生まれた子にその障がいが無いという保証は無い。様々に多様な障がいを持って生まれてくる赤ちゃんもいっぱいいる。つまり出生前診断はあらゆる意味で役に立たず、それどころか、赤ちゃんを迎える人たちに、差別と混乱、そして恐怖を撒き散らす。

だからどうしたら良いのか。その答えは、生まれて来たいとお腹の中に宿る赤ちゃんを「選別」することは徹底的に愚かしい事だと認識し、悟ることだ。

お腹に子供が宿るということは、神の領域であると人間は謙虚であるべきだった。しかし人間は、医学と科学が手を出してはいけない神の領域にどんどん手を出してきている。生命倫理も、民衆のアニミズムも全く排して、ただただ命が経済市場の商品と化しているかのような曲面がそちこちにある。

そこにコロナウイルスである。
ただコロナウイルス自体が優生思想そのものと言うわけではない。コロナウイルスがもたらす脅威に、差別・選別に満ち満ちた恐怖で向き合うこと、そしてそこで他人がすべきではない決断に追い込まれていくこと。命に優劣をつけなければならない状況そのものが、優生思想なのである。

例えば医療の現場でスペインやイギリスで行われた事は、人々に大いなる恐怖を巻き起こしている。死者の多くはお年寄りや既往症を持つ人だった。彼らは重症化し易かったので、先ず彼らに人工呼吸器がつけられた。
しかし瞬く間に感染が広がり、若い人の重傷者も増えていった。
そして人工呼吸器が足りなくなり病院が医療崩壊を始めると、恐ろしい決断を医療者は迫られたのだ。

医療者は人の命を助ける為に仕事をしている。どんなに重症な人でも命に優先順位を付けるということ、そのものが犯罪であるはずだ。にも関わらず、スペイン、イタリア、フランス、そしてニューヨーク州でも、若い人に人工呼吸器を優先的に付けざるを得ないためにお年寄りにはつけられないと言う事態が数多く起こった。

それはナチスドイツのしたこと、命の差別選別そのものである。ヨーロッパに広がったコロナウイルスは、懸命にすべての患者の命を救おうと頑張る医療者たちに、あまりにも辛い決断をしいたのだ。

そんな中ドイツの歴史から学ぼうとする姿勢はここでも注目に値する。広がりの初期の頃から感染者の洗い出しのために数多くの人に検査をした。そして、ICUのベット数や人工呼吸器の用意が整っていたためか、感染者数が多くても死者の数はフランスよりもずっと少なかった。

人類の英知は、歴史から学び続けることで成熟していく。東ドイツ出身のメルケル首相は、丁寧にわかりやすく、そして愛情深くスピーチし、ロックダウンを宣言した。3月25日には死者を1人も出していないニュージーランドが、それまでの状況をレベル1〜4に分けて刻々と伝えながら、ロックダウンに入った。
そして韓国は、若い人たちがドライブスルー方式の検査場をいくつもいくつも作り、感染の広がりを抑えたと、初期の頃のニュースで聞いた。

コロナウイルスの広がりは、民主主義というものが、どういう風に機能できるかを、よく良く見せてくれている。
この文章を書いているのは、安倍首相がマスク二枚を一世帯に配布するという、エイプリルフールそのものの政策を発表した3日後だ。

そして3日目の今朝は、300,000円の経済的支援を差別的に行うと言うニュースだ。低所得世帯(住民税非課税世帯、収入減が5割以上の人?)の人に支援すると言うがそれを、きちんと届くようにどうするかと言う具体性は全くなく、手続きを煩雑にし、役所に並ばせることでさらに感染を広げたいかのようだ。
元々、低所得世帯といわれる生活保護を取っている人の割合は、本当に必要な人の20%前後にしか過ぎない。経済的困窮者の多くは、申請主義や行政の情報公開の無さ故に生活保護の受給を諦めさせられている。
そして、もし30万円の支給が実現したとしても世帯ごとであるなら、最も困窮しているシングルマザーやDVの犠牲となっている人々、そして意見表明権を奪われ続けている子供たちに、その支援がきちんと回ってゆくはずはない。

日本政府は、人々の命や暮らしを守る為に自分たちが政治をしているのだという自覚も認識も全くないということが、日々日々明らかである。このままでいったら、医療崩壊が目に見えているのに、なぜここまで何もしないのか。彼らが望んでいるのは、優生思想に基づいた家父長制度の再興なのだろう。

しかし、障がいを持つ私たちは、歴史上抹殺され続けてきた側として、様々なシステムに異議を申し立ててきた。優生思想を排し、どんな命も生まれて生きて、そこにいるというその一点で完璧であると主張し続けてきたのである。

これを書いているそばから、米国が日本に住んでいるアメリカ人に警告を発したというニュースが入った。日本の医療崩壊は近々に迫っているので、アメリカに出国するようにとの警告である。アメリカのトランプもまたとんでもなく非人間的な政治家であるが、そのトランプにおもねり、あるいは忖度し続けたにも関わらず、見捨てられようとしている安倍政権。その国に生まれ、彼の政治のもとに住み続けている不幸を直視し、国家主義や新自由主義から自由になっていこう。

コロナウイルスは自然からの逆襲であるという風にも考えられる。いわゆる経済大国の国々に多く発症したために、地球温暖化を促進し続けてきた経済活動のペースが緩やかになり、水が綺麗になったり、空に青さが戻ってきているところもあるという。

全ての命が生き続けているのに、人間は優生思想によってそれを利用し尽くすことを、科学や医学によって是としてきた。つまり命に優先順位を付けて、人間にとって利用できる命、お金を得られる命だけを良いものとしてきた。

公害やひどい環境汚染で、自然から度々重大な警告を受けながら、優生思想は人類のパターンとなり、知性も愛情も曇らされ続けてきた。人間が人間たる所以は愛情と知性を持って生まれているということに尽きるにも関わらずである。

幼い子たちは、自分の存在と命が大切にされるという期待と希望いっぱいに生まれる。私は幼ない子たちのそばで彼らの賢さに度々驚愕する。彼らは優生思想を周りの大人たちによって刷り込まれなければ、自由で愛情いっぱいの人となる。ただただ、その存在を喜ばれて、賢さを尊重されて成長することができれば、全ての人と協力し合って素晴らしい世界をつくるだろうことは間違いない。

私はそれを娘によって、伝えられ教えられ続けている。また、介助に来てくれている若い人たちの優しさや愛情深さにも、しょっちゅう感動する。

しかし、人間の大人たちはあまりに愚かなので、コロナウイルスが登場したのだろう。コロナウイルスは人類が、命には優先順位が必要と思い込んでの優生思想を取り続けるのか、それとも生活の様々を見直し弱い立場の人やあらゆる命との共生を実現する契機とするのかの、自然からの重大な問いかけである。


【略歴】
1956年、福島県福島市生まれ。生まれつき骨が弱いという特徴をもつ。22歳で親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介。障害者の自立生活運動をはじめ、様々な分野で当事者として発信を行なっている。
2019年7月、NHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。