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ブックレビュー マーシャとダーシャ~『世界でいちばん孤独な姉妹(マーシャ/ダーシャ/ジュリエット・バトラー編 講談社)~

ブックレビュー マーシャとダーシャ~『世界でいちばん孤独な姉妹』(マーシャ/ダーシャ/ジュリエット・バトラー編 講談社)~

古本聡



1950年にソ連のモスクワで生まれた姉妹がいた。その姉妹の本名は、マリーヤ&ダーリヤ・クリヴォシリャーポヴァ(Мария и Дарья Кривошляповы)といい、マーシャとダーシャの愛称で呼ばれていた。
この本は、イギリス人のジャーナリストのジュリエット・バトラーからの申し出を受け、マーシャとダーシャが、自分たちのこと、そしてその半生を世界に知って貰おうと書いた自伝だ。周辺取材をし、文章をまとめたのは本職のジャーナリストではあるが、ほぼ全文が彼女たち自身の言葉で書かれていて、医療によって人生を歪められてしまった結合性(シャム)双生児の姉妹によるノンフィクションとなっている。
表紙の写真、左がマーシャで右がダーシャだ。

当事者二人が自分の言葉、生活の中で使われる平易な言葉で書いているためもあるのか、実態の悲惨さとは裏腹に、どこかユーモア溢れる(しかも、かなりブラックなユーモアが練り込まれた)面白い本になっている。私はこの本を、今からちょうど20年前に読んだのだが、その時の言語は日本語ではなく、ロシア語だったと記憶している。

活発で悪戯好きのマーシャ、そして優しくて感性豊かなダーシャ。
旧ソ連に生まれたこの双子は、あの国で当時、多くの障害児がそうされたように、生まれてすぐ母親から引き離されてしまった。ただ、二人が腰のあたりで結合した状態で生まれた双生児だというだけの理由で。そして、ソ連医学界の「重鎮」と呼ばれた超大物学者(「パブロフの犬」で有名なのパブロフ博士の弟子の一人)が彼女たちを研究対象に、と望んだために、母親には「あの子たちは死んだ」と伝えられた。それ以後、35年の間、その嘘はつき通された。

その後、生まれて間もない乳児の姉妹に、研究者らのチームは容赦なく、放射性同位元素を体内に注入したり、片方にだけミルクを与えず反応を観察したり、エックス線照射を行ったり、裸にして写真を撮ったり・・・と、ありとあらゆる無慈悲な実験が繰り返された。一方で、姉妹は、歩くことはおろか、立つこと、座ることすら、普通の子どもが親から躾けられたリ、教えられたりするようなことは何一つしてもらえなかったそうだ。研究チームには自らも子どもを持つ女性も含まれていたようだが、その女性たちも実験の合間に姉妹を可愛がりはするものの、絶対的権力を持つ上司への忖度もあってか、どうにかして姉妹を地獄から救い出そうとする人はいなかった。

今の常識から考えれば、よくそんなことができるな、と思えるかもしれない。しかし、当時は時代が違ったのだ。それに、研究所でマーシャとダーシャがそんなに長くは生きられない「珍しい動物」として扱われていたからこそ、あのような不気味というよりは、むしろ猟奇的とも呼ぶべき所業が姉妹に対して成されたのだろう。そう、あの二人は正に実験動物であり、それ以上でもそれ以下っでもなかったのだ。

やがて、姉妹が6歳になったとき、そろそろ立ったり座ったりできないとまずいだろうということで、「重鎮」は二人を義肢装具開発・訓練研究所に移すことにする。そこで姉妹は生まれて初めて、テーブルで食事をすること、トイレで排泄をすることなど、通常の基本的な日常行動を教えられた。髪も、それまでは丸坊主だったのを、初めて女の子らしいおさげにしてもらえたのであった。

それでもなお、二人が実験動物であることに変わりはなかった。学校教育も9歳(小学3年)までは受けられたが、その後は勉学から遠ざけられて14歳を迎えるのである。

この状況に対して、そして周囲の大人に対して初めに拒絶の”NO”を口にしたのはマーシャだった。
考えてみれば、最初に連れてこられた研究所で、苦しい検査や実験が嫌で研究員に器具を投げつけ、「あんたがやればいいじゃん!」と叫んだのもマーシャ。また、義肢装具研究所で、担当員に「私たちはあんたたちのモルモットじゃない!」と毅然と言い放ったのもマーシャだった。そして、この時もマーシャが「見世物にされるのはまっぴら御免だ!」と宿舎式障害児教育学校(養護学校)への編入を強く希望し、ついにそれは実現したのだった。

ダーシャは勉強熱心だったので、養護学校での成績は常にトップ。しかし、その分、繊細で、少しのことで泣いたり混乱したりしてしまう面もあった。そんなダーシャを、マーシャは時に叱りつけながら、いつも拳を握り絞めるがごとき気持ちで守ってやるのだった。養護学校の門を一歩でも出れば、遠慮のない好奇の目と卑しめの言葉にさらされる環境の中で、それでも姉妹は、恋をしたり、ちょっとしたイタズラをしたりしながら、比較的明るい思春期を送れたようだ。

でも、彼女たちにその先、幸福な暮らしはなかった。
当時のソ連では、障害者が大学教育を受けたり職に就いたりすることは、およそ不可能なことだった。養護学校を出た障害者は、親元へ帰るか(運よく親が引き取ってくれれば)、老人ホームへ入るかしか他に生きる道はなかった。親を奪われたマーシャとダーシャに出来たのは、当然の事、後者の選択だけ。それも、決して明るく清潔な終の棲家とは言えない、ネズミやゴキブリが這いまわる、入居者の自殺の絶えない、まるで監獄のような最悪のホームだったのだ。



ちなみに、現在のロシアでも、貧困層の高齢者向けに設置されている老人ホームは、重度障害者が最終的に送致される収容施設・精神病院を兼ねているケースが殆どである。

まともに仕事をしない職員たち、「カタワ」、「怪物」、「化け物」といった実に心無い言葉で姉妹を傷つける入居老人たち、看護師、そして介助員達。その中で二人は15年間も暮らした。が、1984年から突如として始まったペレストロイカ政策の下で、その老人ホームが精神病院を兼ねるようになることを知って、二人は、そんな”不要品の最終掃きだめ”のような場所からの脱出を決意するのだった。

窮状を訴えるためにテレビ出演した二人は、西側諸国の援助を受けて、ようやく人間らしい生活を手に入れるのだが、一度ドイツに招かれて西側の自由で人間らしい生活を見聞きしてしまったダーシャは帰国後、ロシアでの生活に希望を失い、施設で入居者をおとなしくさせておくために際限なく与えられるウォッカを浴びるように飲むようになり、ついにアルコール依存症に陥ってしまうのであった。

私のお気に入りの場面は、養護学校の果樹園での出来事。マーシャに横を向かせて置いて、ダーシャがボーイフレンドと抱き合ってキスをしようとする。ボーイフレンドは、最初にマーシャのお許しを得てから事に及んだのだが、キスより先に進もうとした瞬間、マーシャにひっぱたかれ、薮の中に突き落とされてしまう。車いすごと。

もう一つ。老人ホームで底意地の悪い婆さんに、「あんたら二人のうち、どっちが早く死ぬんだろうねぇ・・・、ヒッヒッヒ」と口汚く罵られ揶揄われ、マーシャが「うるさいっ、このババァ! くたばるのは、あんたのほうがずっと先だから余計な心配するな!」と言い返す場面だ。この婆さん、1週間後に本当にあの世に行くことになったのだが、そのせいで、入居者の間では「あの子らには呪いのパワーがある」と噂がたち、一目置かれることになり、二人の暮らしは格段に穏やかなものになったとか。

結合双生児という障害よりも、ソビエト連邦という、どうしようもない国に生まれたことが彼女たちの最大の悲劇だったのかもしれない。異形の姿でも彼女たちにも人格はあり、知性もあるのだ。そういう面は一切無視され、実験動物としか扱われずに終えた二人の生涯だったのだ。

本書出版3年後の2003年にふたりはこの世を去った。アルコール性肝機能障害に起因する心不全で最初にダーシャが死亡し、医師たちが何の手も打つことなく放置する中、その7時間後にマーシャも息を引き取った。分離手術を頑なに拒み、お互いを唯一の家族として・・・。


【筆者プロフィール】
古本 聡(こもとさとし)
1957年生まれ 脳性麻痺による身体障害1種1級
旧ソ連で約10年間生活。内5年間を現地の障害児収容施設で過ごす。
18~24歳の間、障害者運動に加わり、障害者自立生活のサポート役としてボランティア、介助者の勧誘・コーディネートを行う。
大学卒業後通訳・翻訳会社を設立、2019年まで運営。
2016年からユースタイルカレッジの重度訪問介護従業者養成研修統合課程での実習/講話を主に担当。
現在はユースタイルラボラトリー社員。
妻、娘の三人家族。