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介護のお仕事で困ったこと  でも時に言葉は邪魔をする

介護のお仕事で困ったこと  でも時に言葉は邪魔をする

KISAKU



介護のお仕事で困ったことはなにか、と聞かれれば、「それは今この文章を書かなければいけないことです」と私は答えたいですが、今回は私がデイサービス土屋で働いていた時のお話をしたいと思います。

当時私は、デイサービス中野坂上とデイサービス中野中央を入れ替わり立ち代わりで勤務しており、ご高齢者の認知症や失禁や身体介助や不穏や喧嘩や命令がひっきりなしに飛び交うカオス極まりない第二次世界大戦顔負けの戦場に適応しようと、まあ悪戦苦闘していました。

そんな中、私に強烈なトラウマ級の記憶を与えていった方々との思い出はいまだ色濃く残っていますが、なんとなく今回はある方とのエピソードを、拙い文章ながらゆるーくお話させて頂きたいと思います。

介護職とご利用者には相性があり、ある介護職が苦手とするご利用者でも、別の介護職とはとても関係性がよい、という現象はこの業界でよく見られる光景ですし、介護職も人間なので、「理由はわからないけどこのご利用者がどうしてもダメ」というような経験をすることもあるかと思います。

そのご利用者さん(仮にXさんとします)は、どちらかと言えば私にとっては相性が悪い方でした。その方の特徴などについては、色々な問題があるかもしれないのでここでは割愛しますが、当時は少し認知症が進んでおり、排便後に陰部を拭いたトイレットペーパーを持ち歩いたり、ポケットに入れていたり、トイレの中を拭こうとされ手を便で汚すといったことが(習慣なので仕方のないことですが)、Xさんと関わる上でかなり心理的な障壁になり、お恥ずかしい話ながら、いつしか私はXさんをとても苦手に感じるようになっていました。

Xさんは日中は他のご利用者とも和やかに過ごされるのですが、帰宅時間が一番遅く、いつも他のご利用者が帰り始めると次第に帰宅願望が強く出始め、日も落ちる頃には、「今何時?私もう帰らなきゃ。」「Xさん大丈夫ですよぉ~!もうそろそろ帰れますよぉ~!」とおそらく介護職であるかぎり永遠に繰り返すであろう宿命の無限ループ状態におちいるのがお決まりでした。その無限ループからなんとか脱したいと願う浅はかな私は、技量と理解の足りなさから、あれこれ口先で言いくるめ安心させようとやっきになっていましたが効力むなしく、いつも業務終了時にはヘトヘトになっていました。

しかしある冬の寒い日、他のご利用者が帰宅してから「私はなぜここにいるのぉ~。なぁんにもわからない~。」と俳諧を踏みながら徘徊するXさんが、唐突に(おそらくなんの気なしに)、ソファで座りストーブで暖まる私の隣にふわっと座ったのです。普段は私の苦手意識を察してか、私が近づくとするりとそばを離れてしまうようなXさんにしては珍しいふるまいに、なんとなく私も応えたくなり、ぴたっと寄り添い背中をさすってみることにしました。

すると、それまでいつもその時間帯はひっきりなしに動き回り、手がつけられない状態だったXさんは、その状態から数分が経過しても、ほうじ茶の入ったカップを両手で持ちながら目を閉じ、一言も「帰りたい」と発することはなく、じーっとストーブの風に身をよせていました。私は背中をさすりながらも内心の歓喜を悟られまいと平静を装っていました。

私は、この寄り添い背中をさする行為こそが、どんなに理屈をこね散らかすより、Xさんの心を安心させる1つの効力を持っていることを知りました。それは、乾いた砂原に雨が降り注ぎ水が染みわたっていくような、豊かな学びの瞬間でした。介護のお仕事には、

言葉を扱う力が必要。でも時に言葉は邪魔をする。

ということを知った瞬間でした。Xさんが始めてかわいいと感じた瞬間でした。(笑)今でも昨日のように思い出せます。拙い文章ですが最後までご覧頂きありがとうございました。