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ブックレビュー 生命学に何ができるか 森岡正博/著

ブックレビュー 生命学に何ができるか 森岡正博/著

八木橋武尊

本書は「脳死・フェミニズム・優生思想」という3つのテーマに分かれて構成されています。
私が今お仕事で携わっている障害福祉に強く関わっているテーマでもあるので、タイトルを目にした時はすぐに読みたいという衝動にかられました。
まだ序章しか読んでいないのですが、スタートからかなりインパクトがあり、面白いのでオススメです。

プロローグでは、著者の心の内にそっと秘めていたエピソードである「脳死との出会い」が語られています。

本書以前に出版した「脳死の人」という本を読んで講演を依頼してきた27歳の医学生が、3年後にヘルペス脳炎が原因で脳死の人となり、亡くなられたというものです。

運命の悪戯というのか、たまたま読んだ本と、引き寄せられるなにかによって出会いが生じ、衝撃的な結末を迎えたエピソードに心を奪われました。

いきなりですが、読者の皆様に一つ質問です。
「死」とは、脳死のことだと思いますか?それとも心臓が停止することだと思いますか?

これは私が重度訪問介護サービスの現場で、とある利用者様のご家族に質問されたことです。

考えたこともないテーマに言葉が詰まりましたが、とっさに私は「心蔵が停止したらじゃないですかね?」と答えました。

するとそのご家族が、「そうですよね。私もそう思うんです。」と少し安堵の表情をされました。

ご家族のお母様、つまりご利用者様は難病が原因で「脳死の人」だと、その時改めて思い出しました。

「死の定義」として、法律や医学的には「脳死=死」だと定義されていますが、実際に目の当たりにすると不思議な感覚に陥ります。
目は閉じていて、意思疎通ができず、自ら身動きができない、いわゆる植物状態に近い利用者様でしたが、ちゃんと呼吸をして、血色がよく体温があり、たまにしかめっ面をしたりと、生きている人間の表情があります。
ですから脳死と知っていても、まったく「死」の実感がなく、生きていることに変わりはないと思いました。

このテーマには様々な意見が寄せられていますが、答えはわかりません。
私自身、今一度ご家族から問われるとすれば「脳死と心臓死が重なったら」とおそらく答えるでしょう。

本当に難しく深いテーマから始まる本書ですが、これからどんどん深く潜っていきたいと思います。

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