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ヤングケアラーとFGMのつながり~後編~

ヤングケアラーとFGMのつながり~後編~

安積遊歩



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しかしヤングケアラーだった妹はどうであったのか。最近、彼女が中学校の頃に思っていた気持ちを聞かせてくれた。私に対しては微塵も意地悪をしたり反抗的な態度を取らなかった彼女であるが、さすがにその頃には周りの大人たち、親や親戚、近所からの期待が大きすぎて辛くなったのだろう。初めて、私から自由になる生活を何度も想像したというのだ。自由になるためには半端なく私の存在が重過ぎたわけだから、いくつか完全犯罪を実行して私と離れることも想像したという。

しかし彼女のその想像は、私にはまったく語られることはなかった。だから、私の八つ当たりは相変わらずで、そのとき高校進学を諦め、在宅障害者になっていた私は、彼女が男の子からもらってくるラブレターを貶め、彼女に対する嫉妬を露わにすることさえしていた。

彼女は最近、TVでヤングケアラーという人たちの存在を知ったという。そして、そこに自分がぴったりと当てはまるということに気づいて、初めて私に、完全犯罪を夢見たこともあると語ってくれたのだ。今では笑い話として語れるようになった2人であるが、彼女の人をケアする能力は、まさに半端ない。私の妹であったことで、人をケアすることの極地を学び、今ではケアマネジャーとして、同僚から「マザーテレサのような人」とさえ言われている。

彼女はヤングケアラーの番組を見て、彼らの自己肯定感の育みが社会からの抑圧によって、数々の困難を強いられているということに心を痛め、それをなんとかしたいと思ってまず私に、その当時の本音を伝えてくれたのだ。

  妹は10代のときに感じていたそうした気持ちを掻い潜り、私が22歳で親元を離れ自立したことをきっかけに、20歳の時に結婚した。そして21歳と24歳、27歳で3人の男の子を次々と出産。非常に素晴らしいと思うのは、その3人に『男らしさの神話』を全く押しつけなかったことだ。

彼女の息子たちはどの子も、私と私の娘にとって、最高のケアラー+アライである。アライというのは社会的位置や立場性は真逆であっても、お互いが助け合わなければ、一方だけでは存在し得ないほどに大切な仲間という意味だ。たとえば、女にとって男、男にとって女、子どもにとって大人、大人にとって子ども、もっと言えば、障害を持つ人と持たない人の関係も、この社会を本質的なものにするために、互いがかけがえのないアライであるのだ。

妹は、幼い時からの私との日々で、たとえ男の子であっても、ケアの必要な人の側に居続けることが、どんなに重要かを学んだ。ケアの必要な人、つまりは赤ん坊や年寄りといる時に、男らしさという概念は一切必要ない。それどころか、邪魔ですらある。

ヤングケアラーに女性が多いのも、この男らしさの神話と性別役割分業が、圧倒的に影響している。ケアの場面に必要なのは、暴力的な強さではまったくない。いわゆる女性的といわれる気遣いや優しさが、もっとも価値のあるものであって、競争や争いの中でのみ評価される、男らしさは微塵も役に立たないのだ。

ところで、冒頭で述べたFGMのある国々では、ほとんどの少年にもまた割礼という男性性器に傷を付けることが儀式として、また習慣としてされている。男の子が男性として成長するためにこれまた不可避の悪習だ。ただ、女生性器切除より圧倒的に傷の深さや命の危険度が違う。そして、一部の少年には医療行為として割礼のような手術が必要になることもある。割礼は真性包茎に少し傷を入れる。その傷の痛みを耐えてこその男の子だというわけで、割礼に対する反対運動はほとんど聞いたことがない。それどころか、イスラム教、ユダヤ教、カトリック教でも広く行われているという。

割礼が習慣である国では、割礼をしていない男性に対する偏見は非常なものであるだろう。そして、割礼という悪習がなくても、男の子としてヤングケアラーをしなければならない子たちのプライドは、男らしくないと言う眼差しの中で、とても低いものであるだろう。

もう一度、FGMをされる少女たちとヤングケアラーの少女たちに共通するものを確認してみよう。双方とも、自分の痛みや苦しみ、困難には価値がないと徹底的に思わされていること。社会から徹底的に女性としての役割を押し付けられているために、そこから自由になる術もまったくないかのように思わされている。どちらの少女たちも、自分の身体や心の声に耳を傾けることはできないし、それを取り戻すためには、長い長い時間がかかる。

しかし、FGMをされても生き延び続けて、少しづつながら、そのおかしさに立ち上がり続けている女性たちも出てきている。ヤングケアラーであった少女たちもまた、ヤングケアラーとしての働きの日々を生き延びて、自分のしてきたことの価値深さに気づき、そのことに誇りを取り戻そうと考え始めた妹のような人も出てきている。

この二者に共通することは、自分の感性を取り戻し、発言していくことの大切さである。繰り返しともなるが、自分の痛み、苦悩、に向きあい、それを戦士の刻印として誇りをもって、その歴史の困難を語り出す事で、私たちは差別のない新しい世界を創出できるのである。

コロナ禍の世界の後を真実の平和な世界としようと思うのなら、その礎は、ケアの思想と女性解放となることは明らかだ。





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前半 後半

【略歴】
1956年、福島県福島市生まれ。生まれつき骨が弱いという特徴をもつ。22歳で親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介。障害者の自立生活運動をはじめ、様々な分野で当事者として発信を行なっている。
2019年7月、NHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。