『続・誕生日なんてなければいいのに』

わたしの


1〈誕生日の朝〉

冬治(フユジ)はソワソワと落ち着かない自分が嫌だった。「誕生日なんてなければいいのに」と何度も思った。

寒い朝だった。

目覚めたときはまだ外は暗くて、室内でも息が白くなるくらい寒かったので布団にくるまって二度寝しようとした。しかし、目が冴えてしまいうまく眠りに入っていけなかった。

目覚まし時計のカレンダーで改めて今日が自分の誕生日であることは確認した。

そのことを考える度に先日参加した山咲くんの誕生日会のことが思い出される。

思い出してはいけないと想念を振り切ろうとするのだが、気付くと誕生日会のリビングの場面に立ち戻っているのだった。

リビングのローテーブルにはたくさんの料理が並んでいた。

ローソクのついたケーキが運ばれてきて、バースデーソングをみんなで歌った。

山咲くんが灯を吹き消すとクラッカーが鳴って「おめでとう」の言葉が行き交い、幸せそうなムードが溢れた。

大きなプレゼントの包みが運ばれてきた。

開けるとそれはおもちゃで、さっそくそこに集まった仲間たちで遊ばせてもらった。

最後に山咲くんのお母さんがケーキを切ってくれて食べた。

おいしかった。

マッチ売りの少女がマッチを擦ったときに浮かび上がる幻想のようにあの光景が思い出されるのだった。

あんな誕生日があるんだな、と冬治ははじめて知った。

知らない方がよかったかもしれない。

羨ましく思ってしまって、同じことが自分に起こるはずはないのだけど心のどこかで期待している気持ちが少しあることが苦しい。

求めたって叶わないのは分かっているけれど、もしかしたら……と思ってしまうのだ。

いつのまにか二度寝をしていたらしい。

怖い夢を見ていた気がするけどどんな夢だったか思い出すことができなかった。

ただ目覚めたときに心がガサガサしたように息苦しかった。

そっと物音をたてないように部屋を出てトイレに行き、そのあと台所でお湯を沸かした。

一度ポットにお湯がなかったことがあったが、それが気に食わなかったようで激しく怒られたことがあり、それからお湯を沸かしてポットに入れておくことが冬治の朝の日課となった。

冬治は何気なく冷蔵庫を開けた。

パッと中が仄かな明かりで照らされた。

そこには鶏肉の唐揚げ、ハンバーグ、フライドポテト、苺のショートケーキが用意されていた。

なんてことはないだろうか、と期待したがそんなものはやっぱり用意されていなかった。

自分の部屋に戻るときに暗い廊下の先の部屋の様子を伺った。扉は閉まっていた。音は聞こえなかった。


2〈唐屋敷の午前〉

いつだって外出していいのか迷う。

家にいなくても「何の世話もしてくれない」と不機嫌になるし、いたとしても「邪魔ばかりする」と言って不機嫌になるからどっちの行動を取ってよいか分からない。

身動きが取れなくなるのだ。

迷った挙げ句、9:00まで待っても家は静かだったので、物音をたてないように外に出て「唐屋敷」に向かった。

冬治の住む住宅地からさらに坂を登った所に昔大屋敷があった場所があり、そこが空き地となっていて今では子どもたちの遊び場となっていた。

その空き地をみんな「唐屋敷」と呼ぶのだけれど、どうしてそのように呼ぶのかは誰もよく分からなかった。

空き地の奥は広大な野原が広がっていてすすきや葦が生えていた。

すすきや葦は立ち枯れ、茶褐色一色となり寂しい風景だった。

坂の上から見下ろすと盆地にはどす黒い雲が低く垂れ込めていた。布団の中で聞いたラジオの天気予報は午後から雪になるかもしれないと言っていた。

唐屋敷には誰も来ていなかった。

いつもなら顔見知りが二三人来ていてもおかしくない時間帯だった。

そいつらに混ぜてもらい草野球をしたり、鬼ごっこをしたり、最近ではエアガンの銃撃戦をすることもあった。

プラスチックでできた通称「BB弾」を撃ち合う。バネの力で弾を押し出すだけの銃なのだが、それでも当たるとかなりの痛みだった。

冬治は銃撃戦が好きだった。

ドキドキ感がたまらない。

銃を撃っているとすっきりする。

エアガンを持ってはいないけれど友だちに借りていつも参戦していた。

今年の七夕の短冊に「エアガンがほしい」と書いた。短冊に願いを書いて笹にくくりつけると願いが叶うと学校の先生が教えてくれた。

「デザートイーグル」という銃が好きでできればそれがほしかった。

願いが叶うことを期待して毎日その笹を眺めていたが、ある日その笹は短冊がくくりつけられたまま焼却炉で燃やされた。

だから冬治がエアガンがほしいという願いはクラスの仲間と先生だけが知り、そのまま煙となった。

絶対に叶わないな、と冬治はあきらめていた。

ところがクラスの中である女の子が「お医者さんになってアフリカの子どもたちを助けたい」と短冊に書いて、それに感動した先生が改めて子どもたちの現在の願いを残しておくべきだと言い出しクラスの全員の願いを一枚にまとめ、わら半紙に印刷したものを作った。 奇跡が起こったと冬治は思った。

煙となってしまうだけではなく、これでエアガンが手に入る望みが薄いけどつながった。

「エアガンがほしい(デザートイーグル)」と銃の種類も加えてもう一度しっかりと書いた。

「七夕~みんなの願い~」と題されたプリントにはクラスの仲間の願いが紹介されていた。

もちろん医者になってアフリカの子どもを助けたいという願いが一番最初に紹介されていた。

順番なんてどうでもいい。

冬治の願いは隅に小さく紹介されていたが、それでもよかった。

配布されたプリントをさっそく家に持ち帰った冬治はダイニングテーブルの上に郵便物と一緒に置いた。郵便物と混ぜたのは何気なく置いてますよ、というムードを出すためともう一つは重要なものなので捨てないでくださいというメッセージを込めるためだった。

自分のところに蛍光ペンで線を引こうか迷ったが、さすがにそれはやり過ぎで下手したら激昂される可能性もあるのでやめた。

しかし、何もしなければゴミに捨てられてしまうかもしれない。

そこでタイトルの「七夕~みんなの願い~」の「みんなの」の部分に線を引いて強調しておいた。

「みんな」の中に冬治も含まれるということを伝え、探してもらいたかった。

次の日の夕方、ダイニングテーブルを見ると郵便物と一緒にそのプリントもなくなっていた。

気付いてはくれたわけだ。

あとは待つだけだった。

あの七夕の短冊に願いをかけたことも朝から冬治の頭をよぎっていた。

もしかしたら、あのメッセージが届いているかもしれない。

誕生日というのはプレゼントがもらえる日だ。

もしかしたらあのメッセージが届いていてエアガンを用意してくれているかもしれない。

しかし、あのプリントを見て用意しようと思っても、実際にどうやって買うつもりだろう、ということまで冬治は心配していた。

百貨店に売っているだろうか。隣町にエアガンの専門店があるのだがそんなこと知らないだろう。こっそりチラシを置いてあげた方がよかっただろうか。探すのに苦労するだろうに。

でもAmazonで調べれば簡単に買えるから大丈夫だろう。

プレゼントが用意されているわけがない。

誕生日パーティーなんてあるわけがない。

それは分かっている。

だけど万が一ということもあるかもしれない。

いや、絶対にあるわけがない。

あるわけがないけれど、もしかしたら……。

いやいや、絶対にない!

冬治は頭に浮かぶ想念を否定しながらも、自分が唐屋敷に遊びに来たのではなく、主役が家を離れて誕生日パーティーの準備をする時間を稼いであげているのだということに気付いた。

心のどこかで期待しているのだ。

その自分が嫌だった。

一人で空き地の石の上に座り、二時間が経っていた。

もう大丈夫だろうか。

整っただろうか。

途中で帰ってしまうのが一番興ざめだし、そこから一転して修羅場になるだろうからもう一時間だけ待つことにしよう。

冬治は誰も来ない唐屋敷でお昼までの時間を過ごした。

風に舞って一片の雪が運ばれてきた。

つづく



→カホンの先生から教えてもらった話|watashino╱わたしの #note

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