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「実はあなたも障害者」

「実はあなたも障害者」

間傳介



私の生活において、以前働いていた重度訪問介護や現在働く知的障碍者入所施設等でも、初めて障害福祉の世界に足を踏み込んでから、数多くの「障害がある」とされる人々との出会いと別れがあります。

さて、上に“「障害がある」とされる”とわざわざ書いたのは、これから【障害とはなにか】について、二、三考えていこうと思っているからです。

障害と一口に言いますが、

・先天的なものか後天的なものか
・身体的なものか、精神的なものか

という区分けが一旦できると思います。既にこれで4通り。

また、その程度や起因等も加えて行くと、数は瞬く間に膨れ上がり、ここに更に、家庭、生育歴等社会的要素も加えますと、最早一人として同じ障害ということはないといえるのです。

無論傾向、症状の名前というものはご承知の通り存在しており、それによってある程度の細かな分類は可能です。しかし、みなさんが言葉を尽くしても表現しきれないものというものがあるという実感が裏付けるように、キリのない、表現しきれない不可知の領域が、いかに医学科学が発展しようと、発展すればするだけ不可知の気配をより感じるものです。
一つ例えをあげます。みなさんもご記憶に新しいと思いますが、10年ほど前の科学では、遺伝子情報、DNAのうち、遺伝に必要なものは全体の10%ほどに過ぎず、あとの90%は“ジャンクDNA”と呼ばれていました。しかし、研究技術の発展に伴ってか、最近のNHKの特番によれば、それら“ジャンク(不要な、使えない)”DNAが、人体における個人の性格等も含めた特徴を生み出すものとして、改めて見直されている、研究を進めていると言うではないですか!これにより治療法が見つかる疾病もあるでしょうし、また、人間が起こすトラブルを適切に(過剰でないことを願いますが)回避することもできるようになるかもしれないということです。
不要であるもの、又は不適格なものというものをその時点の知識・見識によって切り捨ててしまう現代社会にあって、これ以上ない諧謔と言える事件だったと感じています。

この点を踏まえて、私自身を例に取ってみましょう。
私は今でこそ出先で集まったときぐらいしかアルコールは頂きませんが、以前かなりの大酒飲みで、寝ている時、お酒を抜く準備の時間以外は殆ど酒酔い状態にあるほどでした。

何かの映画で「酒は出世を遅らせる」というセリフがありましたが、まさに私は元来体に合うものでないが為に、日常的に酒でボーッとしており、必要な出費は捻出できず、それによって逃した婚期もありました。無論お酒が縁で出来た友人や先輩方とのご縁もあったにはあったのですが、今になり自分の来し方を眺めれば、飲まずにやっておけば良かったことというのはごまんとあります。しかしその無駄があるからこそ今があるとも言えなくはないのですが、こればっかりは人生の一回性の呪縛の中で、取り戻そうとしてもどうしようもないことであり、今を生きていく他ありません。
つまり何が言いたいかというと、この私のアルコールの摂取の仕方は、そうでない状態を仮定した場合かなりの不利益がある状態で、しかも言っても聞かない状態というのは、ある種の障害状況と言えたでしょう。然るべき診断を受け、然るべき申請をし、受理されたなら、もしかしたら私は障害者として認定されたかもしれないし、当時周囲にいた隣人たちも、私の姿に危険を感じていたことは想像に難くないわけです。

ここに、障害とはなんだろうかという問いに対する答えとして、

【障害とは、ある人が感じる生き辛さの総称である】

と、仮の“答え”を取り敢えず挙げておきたいと思います。
ある人が考える世間や国が定める基準との合致しているかどうかにかかわらず、大小公私問わずあると思われる“生き辛さ”、これを障害と呼んでみることから、思考を始めてみましょう。


略歴
1981年、鹿児島県産まれ。
宇都宮大学教育学部国語科教育八年満期退学
「東京に行け」との高校の恩師の言葉を独自解釈し北関東に進学。
修辞学、哲学、文学、芸術、音楽、サブカルチャー等乱学。
効率、生産性ばかり喧伝する文化の痩せた世の中になった2008年ごろ、気づいた頃には相対的に無頼派となっており、覚悟し流れ流れて福祉業界に。
知的障害者支援、重度訪問介護、などに従事。
「能(よ)く生きる」ことを追求している。
友愛学園成人部職場会会長