第11回 安全なケアとは何か
一緒に活動する仲間やヘルパーとの雑談で「好きな季節は?」と問われたら、私はいつも夏だと答えている。夏が好きというよりも、冬がとても苦手だというのが正確だろうか。体調管理により気を配らなければならないのはもちろんだが、寒いと体がこわばるのが悩ましい。寒さで体がこわばるのは多くの人が経験していると思うが、私の場合は脳性麻痺で制御しづらい筋緊張がさらに強まり、体の動きが普段にも増してぎこちなくなりがちなのだ。そしてそれは、ケアを安全でスムーズに進められるかどうかにも影響してしまう。また、外出時にトイレが近くなり夏場よりも時間と労力を費やしてしまうことも、理由の一つである。ちょうど今が冬本番だが、早く暖かくなってほしいというのが本音だ。
ところで、私は最近「安全なケア」というワードを、担当している介護研修でよく耳にする。私の講義の最後に「これからケアで大切にしていきたいこと」をホワイトボードに書き出すのだが、そこでよく出てくるからだ。では、安全なケアとは具体的にどのようなケアなのだろうか。私のケア内容の変遷を振り返りながら考えてみたい。
第7回で書いたように、私は15年あまり前、父の病気をきっかけにヘルパーのケアを導入した。当初は入浴や朝のトイレ、外出など物理的に力を必要とする、母だけでは難しくなった世話を補うという位置付けだった。そのため、両親のやり方を踏襲したケアとなり、室内の移動は私の両腕を持って引きずってもらい、トイレや玄関にある車椅子に座るときは後ろから背中を支えつつ立ち上がらせるという方法だった。母もずっとこの方法で介助していたため、大丈夫だろうと考えたのだ。入浴のときは、まず洗い場の床にマットを敷き、そこに私が座って体を洗ってもらう。その後、ヘルパーが私の体を丸め込んで後ろから一人で抱え、浴槽に入れてもらっていた。父はこれを1人でやっていたので、当時は特に何も感じなかった。だが、室内の移動も入浴も今考えればかなり"ワイルドな"介助方法だったように思う。当然ながらケアに入れるヘルパーは男性に限られ、私の体の動きの癖を把握してコツをつかむまではずっこけたことも何度かあった。それでも当時の私は「別に大丈夫ですよ」と言って気にしなかったのだ。多少転んだところで自分は大きな怪我などしないだろうと甘く考えていたし、ヘルパーが怪我をする危険性を考えていなかったのである。視野が狭く自己中心的な考え方で、当時の私を一喝してやりたい。
利用者としては、家族の介助方法は慣れているし早く済ませることができる場合が多いため、そのまま続けてほしいという気持ちはよくわかる。しかし、力に頼ったケアを続けていると利用者だけでなくヘルパーにも怪我のリスクがあり、影響が他の利用者にも及んでしまう可能性がある。そのうえ、ケアに入れるヘルパーを限定してしまうという問題もある。私の場合、2010年に母が脳梗塞を発症したことをきっかけに、ヘルパー中心のケアに移行した。その際には体を持ち上げるための床走行式リフトを購入し、室内の移動は車椅子に切り替えた。それによって入浴以外は女性のヘルパーでも対応できるようになり、安全面でもヘルパーの確保の面でも大きく進歩したと言える。
ただ、入浴のケアは男性ヘルパーの2人対応に変わったものの、浴室への移動は両腕と両足を持って運んでもらうという方法は残ったのだ。ヘルパーの人手は足りているし、自室から浴室まで時間にして10秒足らずのことゆえ、まあいいだろうと思っていた。しかし、2014年に頸椎椎間板ヘルニアを発症するという、予想外のことが起こってしまった。長年腕や肩に体重をかけたことで肩や首の凝りと筋緊張が強い状態が続き、頸椎にダメージが蓄積する遠因となった可能性はある。このように、その時その時のケアでは問題なくても、長期的には体の負担になってしまう方法もあるのだ。頸椎の治療とリハビリを終えて戻ってきてからは、トイレや玄関に手すりを増設したり、浴室まで運んでもらうための入浴介助用担架を購入したりして、私にもヘルパーにも負担の少ないやり方を模索してきた。今のケアは無理のないものにできていると思うが、状況が変われば変えていくことになるだろう。
利用者のケアを始めるとき、当初は家族の介助方法を踏襲するのもやむを得ない面はある。利用者の心身の状態やできることの範囲など、実際にケアに入って初めてわかることもあるからだ。それでも、ケアは利用者だけでなくヘルパーにとっても長期にわたって体への負担が小さく、無理なく続けられるものでなければならない。若い利用者やヘルパーにとっては、長期的な体への負担と言われてもイメージしにくいかもしれないが、ダメージの蓄積を避けるためには、腕や脚を持って引きずるなど、どこかに体重が集中してかかる方法は避けるべきだ。また、ヘルパー1人で利用者を持ち上げるのも、よほどの体格差がない限りやめたほうがいいと私は思う。利用者は介助方法が変わることを恐れず、ヘルパーと事業者はできる限り利用者の希望に沿うよう、双方が努力してほしい。ケアマネージャーや医療関係者等の意見も踏まえ、必要に応じて福祉用具の購入や住宅の改修も視野に入れつつ、無理なく続けられるケアの形を探していくべきだ。ゼロリスクはあり得ないが、利用者もヘルパーも無理なく続けられるように皆で考えてつくっていくケアこそが、安全なケアなのではないだろうか。
加藤拓(かとう たく)
1983年生まれ。生まれつき脳性麻痺による身体障害者で、現在は毎日ヘルパーのケアを受けながら、「皆で考えてつくる医療と介護」をモットーに、講演活動やワークショップの開催を続けている。2020年7月からはヘルパー向けの研修講師も担当している。 趣味はゲームと鉄道に乗ること。