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深夜に96歳の男性にラーメンを提供した介護事業者の動画が炎上

深夜に96歳の男性にラーメンを提供した介護事業者の動画が炎上

吉川 美津子



「死ぬ前に食べたいものは?」と聞かれたらどう答えるか。
高級料理だったり、郷里の味だったり、あるいは白米だったり、単純に好きか嫌いかというより、記憶に残っている味を最期に口に入れたいと思う人は多いのではないだろうか。
しかし酷ではあるが、現実はそういうわけにいかない。闘病が長く、体力が落ちて食欲不振が続くと、食べ物のにおいさえ受けつけない状態になることも少なくないだろう。嚥下の状態が落ちると、刻みやペースト状になり、パンやケーキも喉を通らない。
「母は白玉団子が好きでね。夏になると冷ぜんざいに自分でまるめて作った白玉団子を入れて、よくおやつに食べていたものです。本当はもう一度食べさせてあがたいんだけど。」
と冷しるこをひとさじずつ、スプーンにとって母の口元に近づける娘のAさん。ほんの少ししか動かない母の喉元を見ながら、やがて訪れる命の終わりと向き合っている。

食は活きる楽しみでもあるが、生きるためのエネルギーでもある。そのエネルギーを切らすことを極端に恐れる家族もいた。人間の身体は死に向かう準備ができると、口から食べ物を入れることに対して拒否反応を示す。にもかかわらず「母は食べることが大好きだった」と飲み込むことを拒否している本人に対し、半ば強引に口を開け、高カロリー栄養食を無理やりにでも流し込むように介護職に促す家族もいる。

深夜3時すぎ、居室から出てきて「ラーメン食べたい」といった96歳の男性にラーメンを提供した事業所の動画がツイッターで話題になっている。
さらにこれがオンラインメディアのBuzzFeedで紹介され、是非を含めて論争が繰り広げられるようになった。

深夜に96歳の男性が「ラーメン食べたい」と言ったら、どうしますか?「ほどほど幸せに暮らす」を目指す事業者の挑戦
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/grundtvig-ramen

96歳という高齢で病院から退院したばかり、午前3時過ぎという十分なフォローができない時間帯、本人のADLに合っていない食形態、と二重三重のリスクが伴うこの対応。批判が多いのは容易に見当がつく。しかし一方で「この年齢だったらどうだろう。自分だったら我慢せず、好きな物を食べたい」と当事者となった場合を想定すると、好意的な意見が目についた。
多くの医療・介護事業者の意見をまとめると「自己決定の尊重ができることは理想的。ただし家族や関係者の合意が必要」といったところか。

高齢者とかかわる医療・介護に事故はつきものだ。事故のない事業者はありえない。ないとしたら、それらを隠蔽しているといっても過言ではない。
介護事業者は、転倒や誤嚥などの事故が起こると「事故報告書」を書く。「事故」に至らない場合でも「ヒアリ・ハット報告書」等、記録として残すことが求められている。これらを速やかに作成し家族に報告をすることで情報が共有でき、それが結果的にケアの質を高めリスク管理となるのだ。

しかし、誰だって事故報告書をあげることになるであろうリスクは避けたいもの。実際、家族が持参したカステラで利用者が喉をつまらせ死亡、提供した介護職が離職したケースがあった。家族と介護事業者との間の関係性の問題と言ってしまえばそれまでだが、理解が得られ、関係性が良好だったら、絶対に訴訟にならないと言い切れるだろうか。

某老人ホームに入居しているBさん(80歳・男性)の元には、毎日妻のC子さんが面会に来る。昼・夕食時には施設で提供する食事の他に、C子さん持ち込みの惣菜やコンビニ等で購入したデザートを添えるのが日課だった。しかし、その総菜は必ずしも本人の状態にあった形状とは限らず、避けるのが難しい魚の小骨等も入っている。スポンジケーキで誤嚥をした過去のBさんの経験から、デザートはゼリーやプリン等のど越しの良いものに限定していたが、それも守られることはなかった。
これらの持ち込み食をスタッフが提供する際は、嚥下状態に沿った部分だけ、例えばケーキ類だったらクリームだけにするなど部分的に提供し、残りは破棄しても良いか尋ねると、C子さんは「わざわざ買ってきたものを、そんな風に扱うとは」と怒りをあらわにする。
「Bさんに好きなものを食べてもらいたいと思う気持ちはわかりますが、私はBさんが苦しそうに飲み込む姿を見ると、今の状況が良いとは思いません。なぜC子さんの要求を、私たちがリスクを冒しても受け止めなければいけないのか理解できない。」と声を荒げる。さらに「その人らしい暮らしを支えるのが介護の現場のはずなのに、要求が大きすぎて現場のスタッフはついていけません。」とスタッフの疲弊も見過ごすことはできない。
介護・福祉のテキストには「利用者本位」というキーワードが幾度となく出てくるが、「利用者本位」を発揮するには、周囲の理解とサポートが必要不可欠である。 嚥下状態の良くない96歳の男性が深夜にラーメンを食べたことに対して是非が論じられたが、医療的な見解、法人としての危機管理意識いう部分ははさておき、少なくとも「利用者本位」であり、周囲の理解とサポートが得られたことに対しては、外野が批判することではないように思う。



【プロフィール】
吉川 美津子(きっかわみつこ)
東京都出身。葬儀・お墓・終活コンサルタント。アルック代表。
社会福祉士、ファイナンシャルプランニング技能士2級
(一般社団法人)供養コンシェルジュ協会 理事
(一般社団法人)葬送儀礼マナー普及協会 理事
(一般社団法人)全国環境マネジメント協会 顧問
上智社会福祉専門学校 介護福祉科 非常勤講師
駿台トラベル&ホテル専門学校 フューネラルマネージメントコース 非常勤講師

大学卒業後はツアーコンダクターとして国内外を旅し、その後シンガポール駐在。帰国後は「地球の歩き方」ほか、旅行情報誌、旅行業界誌の取材・執筆に携わっていました。 1990年代半ばに葬儀業界へ転身し、葬儀専門人材派遣会社を経て、大手葬儀社に勤務。続いて仏壇・墓石販売店に勤務。その後、専門学校にて葬祭ビジネス関連学科の運営メンバーとして活動しはじめた頃から、現場を離れて人材育成や情報発信、コンサルティング業務などに軸をおいて活動しています。

介護・福祉の業界へ足を踏み入れたのは、2015年。当時は終活セミナーの全盛期で、全国の自治体、業界団体等で開催される「終活セミナー」に招かれて講師をしたり、終活系の番組に出演する機会が多かったのですが、、「葬儀」「お墓」「供養」の事前準備、また「相続」ばかりを「終活」として捉えられるのに違和感を感じていました。
今考えると、「生き方」「活き方」「逝き方」のうち、「逝き方」しかお伝えできないもどかしさがあったのだと思います。

「行き方」「活き方」、つまり暮らしをサポートする福祉の分野を学びたいと、大学に再度入学し、福祉の分野の勉強スタート、後に社会福祉士の国家資格を取得しました。
また現場では、重度訪問介護や特別養護老人ホームで介護職としても活動しています。
約25年、私の周りには「死」が日常的にありました。しかし、医療・福祉と葬送・供養の間には、業界・制度ともに大きな狭間があります。その狭間・隙間を埋めたいと模索中です。

新聞、雑誌、テレビなどでのメディア出演歴は年間約100本。
レインボータウンFM「吉川美津子のくらサポラジオ」毎週日曜日 18:20~19:00放送中