ニュース&ブログ

地域生活を支える 社会参加活動はいばらの道 Part3  渡邉 由美子

地域生活を支える
社会参加活動はいばらの道 Part3

渡邉 由美子

今回は自立生活センター時代のことについて書いていこうと思います。

某県某市の自立生活センターで重度な障がいを持ちながら自立生活(一人暮らし)のいろはを学び、非常勤の事務局員を3年ほど行いました。その当時は両親がいなければ何もできない状況で生まれた時から育っていました。そのため、他者の関わりがなければ何もできない自分には、遠い夢の世界だと思っていました。 しかし、将来的に親が介護できなくなった時にどう生き、何をしていくのかということは、大きな人生の課題として20代を過ぎた頃から悩みはじめました。

重度障がい者の自立をテーマにした本を探しては読み、私にも何とかすれば、今でいう障がい者支援施設に入居するという道以外に方法があるのではないかと憧れ、夢見るようになりました。実際の暮らしを見たり聞いたりしてみたいという衝動につき動かされ、先輩たちに連れて行ってもらうままについて行き、実際のリアルな生活の様子や介護のローテーションの組み方などを現場に行って学ぶこととなっていきました。

そんな中で一緒に活動しないかと声をかけていただき、「自立って何?どうしたら私にもできるの?生活費はどうするの?」などを学んでいきました。そういった自立生活プログラムを知り、人生を諦めて私にはできないと思ってふさぎこんでいる時間がもったいないと思うようになりました。そして、自立生活には社会保障制度を獲得することが必要だということもこの時代に知りました。それから自分だけではなく、同じ思いを持つ障がい種別を超えた仲間の相談に乗り、共に施設や病院ではなく、自己決定・自己選択・自己責任のもとに暮らす『普通の』生活を求める生き方の推進をしていきたいと強く望むようになりました。

そのためには自分の事ばかりではなく様々な障がい者の相談にものれるようになりたいと考え、国の制度や各自治体の保障制度の地域格差を学んだり、先輩にくっついて制度を獲得する術を身に着けていきました。もう一つこの時期に大きな柱として学んだことは、ピア・カウンセリングという仲間同士で話を聞き合い、自分には無限の可能性があること、不可能を可能にすることはできること、障がい者が苦痛の社会で生きづらいのは優生思想があるから思いが叶わないように感じてしまうことなどを知りました。

個別の自立生活プログラムでは金銭や健康管理の方法、住宅の探し方など様々な生活に必要なことを実践的な経験に基づくこととして学んでいきました。恥ずかしながら、そのプログラムの中で初めて公共交通機関を電動車椅子で利用することが出来ました。地元の自立生活センターではとにかく将来の一人暮らしを夢見て、基礎を身に着けた期間でした。そのまま地元で一人暮らしに移行するかどうかをとても悩みました。先輩たちには本当に良くして頂いていたので申し訳なく感じたものの、様々な情報を調べていくうちに東京都と某県では一人暮らしを支える社会保障制度が天と地ほどの差があるとわかりました。親亡き後まで考えた一人暮らしを築き上げるには東京都在住の権利を勝ち取りたいと強く思うようになりました。某県で学んだことを糧として本格的な一人暮らしへの道を東京某区の自立生活センターに移ることで実現しました。某区で自立生活センターを率いていたのが女性重度障がい者で、私が移住した時点ですでに何もない、それこそいばらの道を開拓し、うん十年と生活している同じ障がいの人であったこともここで人生一発賭けてみようと思えた大きなきっかけとなりました。

某区での自立生活センターとの関わりは以前とは異なり、自立生活プログラムやピア・カウンセリングをはじめとする自立生活センターの事業の企画、運営、事業後の助成金申請、助成金を頂いた後の報告、次年度の助成金申請など運営を担うという事を生まれて初めて任されました。もちろん私が一人でやったわけではなく、仲間とともに事業を展開したわけですが、事務能力が乏しい私にはとても苦手なことも多く、ストレスを溜め、よく大きなイベントが一つ終わると寝込み、入退院を繰り返す状況となり、当事者主体で行う自立生活センターの理念は素晴らしいのですが、ついて行けず結局健常者任せや主導になってしまい限界を感じました。

このころから働くとは何ぞや?と強く思うようになり、重度障がい者は生きていることそのもので労働なのではないかという他者からの言葉が自分のものとして受け入れられるようになりました。今は生きる事=労働と思っているので少しの生き甲斐としての社会参加活動があれば、働けなくてもダメ人間ではないと自分も認めてあげられるようになりました。その考え方、読者の皆さんはどう思われますか?「働かざる者食うべからず」の風潮も強い中、この問いを自分の中で咀嚼し続けながらこの後の自分自身の老後も含めた人生設計を強くたくましくしていきたいと思っています。