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「あなたは本当にLGBTを知っているか」新潮新書『新宿二丁目』伏見憲明著

「あなたは本当にLGBTを知っているか」新潮新書『新宿二丁目』伏見憲明 (著)

間傳介




「LGBTの聖地はどのように誕生したか」という虹色のド派手な帯文に惹かれ手にしました。

この本は、国の内外を問わず著名人も何故か(何故でしょうね)訪れるという、世界に冠たる新宿二丁目が、如何にして特殊な人々を惹きつけ、そのような街のままで今日あり続けるのかということを、自身もゲイであり、ゲイバーを経営する著者が、古くは江戸の歴史から、古地図、ミニコミをかき集めて、この街新宿二丁目を盛り上げた、キラ星如く来ては去って行った二丁目のスーパースターとでもいうべき人々の証言を得るために、時代をさかのぼるがゆえに途切れていきそうな人脈を辿りに辿り、また国会図書館に通っては過去の刊行物に総当たりし、丹念に丹念を重ね集めて編み上げた、まるで“新宿二丁目版『百年の孤独』(ガルシア・マルケスの名作!)”と言った趣の一大叙事詩となっております。

今日言うところの新宿二丁目が、遊郭として栄え、寺社仏閣があり、そのある種の慈愛、それも人間のどれだけしゃっちょこばっても拭えぬ、また体が震えるほどの愉しみであるからこそ切実な営みであるところの人間の性欲に、昔花街、ゲイバー、今は広くLGBTQ(クィアを足しておく)問わず応え赦す、区画は狭いが懐深い、汲めど尽きせぬ泥濘の慈愛とでもいうべきあの新宿二丁目の風土は、どのように成立したのか。ご存知である方というのはそう多くないでしょう。

かくいう私は以前勤め先のゲイの同僚と、一度そちらの店に行ったことがあり、また知り合いの劇団が必ず二丁目で公演をやることや、以前懇意にして頂いていた故人との酒席が二丁目にあり、因縁浅からぬ土地ではあるのです。 加えて過去にはタモリが赤塚不二夫を笑わせ、寺山修司が即興劇をゲリラ撮影した街であり、鈴木清順の映画『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』を掛けた花園神社も近く、私の愛する音楽、フリージャズのお歴々の飲み歩いた界隈も近く、新宿には私の人格形成の大事な要素がザクザクとあった場所でもあり、夥しい酒を一夜のうちに人間に呑ませる不夜城の、酒と淫乱と騒音とが蠢きながら人間に入り込み、ぐちゃぐちゃに酩酊させる新宿の、人間の不道徳を、一手に引き受ける、三井ビルとか都庁とか小池百合子がいる界隈でない、“立派”じゃない方の界隈。全く今思い巡らせてみても、最高で最悪であると思います。

さて、この本は、新書という形で出版されているのですが、先程書いた内容、それを裏支えする、著者の下調べと取材の丁寧さにまったく頭が下がる思いです。この丁寧さにあってはもうハードカバーの箱入りでパラフィン紙で綺麗に包んで良いと思うのですが、そこはこの著者の誠実さでしょうか。このように新書版として手軽に読んでほしいという切なる願いだろうと思います。そしてこの本を読めば、彼ら・彼女らLGBTQ達が、いかにして変わり者(性的マイノリティの方々が根を張ってくださったからこそ、アングラ演劇や芸術映画の界隈の人達もゆっくりと酒を飲めたのではないかと思います!ありがとう!)のよりどころを存続させてきた気持ちを、温かくもう一度見てみようと読んだ者に思いなおさせるような一冊、と言えるでしょう。四角四面と誠実というのは、似て非なるものだなとこの本を読んで改めて感じています。

その筆者の御気持ちを僭越ながら不肖私が邪推申し上げると、例えば昨今、「LGBTQの権利を!」という声高な主張とともに、それに対して反発としての、杉田水脈議員の「生産性がない」という発言を氷山の一角とする論調、またそれに激昂するLGBTQ擁護派を自称する人々の物言い。そういった応酬が空中戦にすぎないのではないか、特にLGBTQ当事者でない人たちの、謂わば学級委員長的道徳観が、とりとめもなく論だけが炎上し続ける現実。擁護者たちはそれなりに、善意を持ってのことではあるけれどその性根、LGBTQに憧れるか、あるいは親近感を抱くかどうかしているのではあるのでしょうが…。
LGBTQ、論壇では千葉雅也氏の大事に仰るところのLGBTQ当事者の一人一人にある個別の“クィアさ”と表すべき、個別のプライベート中のプライベートであるが故の孤独について、他人には語り得ない、ましてや他人に責任など負うこともできないし、ましてや負うことなど願いたくもない、いわば手垢のついた言葉で言ってしまえば、本当の意味での「個性」と「責任」に関わる生き様とでもいうその人の醸し出す綾の姿、それについて主語を大きくしたジャンルをドカドカと外から建てたような、肌理の粗い言論は、はっきり言ってしまえば、本人たちの「個」や「責任」という核を通り過ぎて毛羽立たせる迷惑に過ぎないのではないでしょうか。ただひたすらに、本気で見て自分の知識で覆うことなく直面してほしいという気持ちがあるのだろうと、思わずには居れません。

ぜひお手に取っていただきたい一冊であり、軽口の前に、一杯二丁目で飲んで頂くきっかけにして頂きたい。そんな一冊です。

最後にはなりましたが、著者である伏見憲明氏に敬意を表明させていただいて終わりとします。


【略歴】 1981年、鹿児島県産まれ。 宇都宮大学教育学部国語科教育八年満期退学 「東京に行け」との高校の恩師の言葉を独自解釈し北関東に進学。 修辞学、哲学、文学、芸術、音楽、サブカルチャー等乱学。 効率、生産性ばかり喧伝する文化の痩せた世の中になった2008年ごろ、気づいた頃には相対的に無頼派となっており、覚悟し流れ流れて福祉業界に。 知的障害者支援、重度訪問介護、などに従事。 「能(よ)く生きる」ことを追求している。 友愛学園成人部職場会会長