「初志貫徹」

辻 千鶴子



自覚するかしないかは別として、幼いころというのはどんな人も家族や環境から多大なる影響を受けながら育つものである。実際に随分と大きくなってから、また今でも「そういえばこんなことも自分に少なからず影響を与えていたのかもしれない・・」などと感じる事がある。
私は小さいころ大病したこともあり、初めは自分の腕で抱くことも出来なかったころの事を母から何度か聞いたことがある。ガラス越しに私を眺めると、他にはもっと時間をかけた加療が必要な乳児たちがずらっと保育器に入った状態で並び、他の家庭の両親が言い合う姿などを目にしたとも言っていた。私はそんな母から事あるごとに「今があることに感謝、それは忘れちゃいけないよ」と言われながら育ったせいか、幼少期より「何かしなくては」という思いが強かったように思う。幼稚園で他の子が将来の夢に””お花屋さん””や””ケーキ屋さん””と答えたことに少し驚いたのを今でも覚えている。
今となってこそ自分の夢だったのかは定かではないが、一つの明確な道しるべになった事には母に感謝もしている。
10代と20代で一回づつ本気で看護師を目指した時期もあったが、結果として現在の形に落ち着いたのは不思議でもあるけれど腑に落ちる部分もある。その理由の一つは、どんな職を選ぶかというのは手段であって目的ではないということ。私の場合は自分の受けた恩に報いること、母の言いつけや家族の想いを守ること、そして他人の為になることを選択するということだった。偶然にも自身が手術した病院で働く機会も得られ「他人の力になるには、まず自分に力をつけなければ!」と意気込んでいた。
けれど実際に医療の現場で働きながら中途半端に年を重ねた私は「本当にやりたい事なのか?」などと考え始め、もう一度一から自分を見つめ直したいと思ってしまった。
そこからは迷子になり始めたが、ご縁がありユースタイルラボラトリー株式会社の求人を目にして今に至る。
初めは医療現場で働いていたこともあり、病院というテリトリーとルールの中で患者さんと接するスタンスと訪問介護のスタンスが予想以上に違うものだったため、そのギャップにモヤモヤしていた時期が半年ほど続いた。利用者さんのご自宅に伺い生活に踏み込み溶け込む介護職はまるで視点が違った。誤解を恐れずに言えば、介護という言葉すらしっくりこない面もある。
特に重度訪問介護に関しては、利用者さんと同じ部屋で長時間過ごすことになる。その環境自体が大変特殊であると同時に、家族でも友人でもない独特な距離感の難しさもある。そんな不思議な距離感と空気の中で、お互いの人となりが否応なしになしに浮き彫りになっていく。
もちろんプロとして利用者さんのお宅へ伺っている。けれど一人の人としてそこに居なければならない様な、なんともいえない不思議な空間の中に放り込まれたような気分になる。私自身、初めのころはそんな言葉にはしきれない思いを抱えながら過ごしていた。特に初めのうちは知識も技術もなく、自分自身の後ろ盾がないように感じやすいように思う。これでいいのか?ここにいる意味を見いだせているのか?不安になるという声を頻繁に耳にする。そこを会話や過剰なサービスで埋めてしまう場合もある。けれど技術や経験は必ず時間が埋めてくれる。不安になっているスタッフにもそう伝えている。
在宅は病院と違い殆どが加療をする為のものでなく、安心安楽に過ごすことが主たる目的である。
ただそこに居る、それだけでいいのだと思う。
それだけで他人の役に立っていると、思ってもいいと思う。



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