第6回 情報を「共有しないこと」の必要性
私が子どもの頃は、夏の日に気温が30℃を超えて真夏日になるとすごく暑いと感じたものだった。しかし、熱中症の危険はある程度あるにも関わらず、今では30℃前後なら「まだ大丈夫」と感じる。それだけ、より気温が上がる日が増えたということだろう。実際、猛暑日というものが定義されたのは2007年のことだそうだ。人は様々なことに慣れて順応していくものだが、それは感覚を鈍らせる可能性があるということを、頭の片隅に入れておきたいものだ。
さて、前回のコラムでは個人情報やプライバシーについて考え、利用者とヘルパーの間で何でも共有すればいいわけではないということを書いた。利用者とヘルパーは他人である以上、金銭が絡む情報や各種の暗証番号など、原則共有すべきでないこともあると私は考えている。今回は、このように秘密にすべき情報をどう扱うかという観点からケアの現状と課題について考えてみたい。
キャッシュレス決済が増えてきているとはいえ、自宅に現金を全く置かない家はほぼないだろうし、現金を全く持ち歩かない人は今のところ少数派だろう。利用者が自宅で生活するうえで、金銭の管理は重要な課題だ。それをヘルパーに手伝ってもらうということは、自宅の現金の保管場所や額を知られてしまうということになる。私はそれを避けるため自室に金庫を置き、その中に一定額以下の現金を保管し、ヘルパーのいない時間帯に自分で金庫から財布に補充するという方法で管理している。金庫の中の現金が減った場合、自力でもATMの操作は可能だが、母におろしてきてもらい、やはりヘルパーのいない時間に金庫にしまっておく。財布の入ったカバンと金庫が映るように防犯カメラを設置し、財布に溜まったレシートを整理するとき以外は基本的に自宅でヘルパーに現金を触らせることはない。4年ほど前に現金を盗まれるという苦い経験をして以降、このような対策をするようになったのだ。
では、私より障害が重かったり同居家族がいなかったりする場合はどのようにしているのだろうか。私のケアに来ている何人かのヘルパーに尋ねたところ、
・事業所や人を決めて自宅の現金の置き場所を教えてもらっている
・ルール的には本当によくないが、暗証番号を聞きATMを操作してお金をおろすこともある
などの答えが返ってきた。また、私は必ずヘルパーと一緒に買い物をするが、利用者に買い物代行を依頼された際には
・現金を預かったら必ず買ったもののレシートをもらい、利用者と確認する
・チャージ式の電子マネーを使うこともある
・最近ではスマホを使ったQR・バーコード決済(いわゆる「○○ペイ」)で頼むと言われたこともある
という声があった。現金等の保管場所や各種の暗証番号などを共有すると防犯上の問題があり、ヘルパー側にもトラブルが起きた際に疑われてしまうリスクがあるため、避けた方がよいことは間違いない。ある事業所の責任者の方にも話を聞いたところ、「ATMを操作するのは本来NGですし、電子マネーであっても口座情報と紐づいたものをどう扱うかは今後の検討課題ですが、できれば避けたい」とのことだった。ただ、ケアの都合上どうしても必要な場合には、上記のような対応をするしかないのも事実だと私は考えている。そのうえで利用者とヘルパーが協力してできる対策としては、出納帳をつける、通帳にこまめに記帳する、電子マネーの履歴や残高を確認する等が考えられる。また、病気や障害によって利用者の認知機能が低下している場合には、成年後見制度等を活用し第三者の眼を入れることも検討すべきだし、利用者の家族への周知もより注力することが必要だろう。
そして、お金の動きがない場合であっても、利用者のパソコンやスマートフォンを操作する際には利用者もヘルパーも互いに気をつけたい。パスワードの入力は可能なら利用者が行う、パスワードを頻繁に変更する、利用者の目の前で操作するなどの工夫するのが望ましい。最近はパソコンやスマートフォンに紐付けされている情報が多く、漏れた場合の被害がとても大きくなりかねないためだ。煩わしいと感じるかもしれないが、利用者とヘルパーの双方をトラブルから守るためには必要なことである。
今回紹介したケアにおいて金銭を扱う場面は、殊更に利用者とヘルパーの信頼関係のもとに成り立っている。本音を言えば、私も厳重な対応を自らすすんでしたいわけではない。ヘルパーとの信頼関係を深めていきたいと考えていても、自宅に防犯カメラを設置するということは「私はあなたを疑っている」という逆のメッセージになってしまうからだ。「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」という言葉があるように、まずは利用者もヘルパーも疑わしいふるまいをしないことを、肝に銘じたい。そのうえで、トラブルの原因になり得る要素を取り除くために、大切な情報を「共有しない」、または「共有する相手を限定する」等の工夫を考えて続けていくべきだ。
その一方で、性善説だけでは物事がうまくいかないことも事実だ。利用者の財産を守るための工夫が、実際には当事者同士の信頼関係と現場(事業所)の判断に委ねられている現状は、決して良い状況とは言えまい。技術の進歩によってスマートフォンや電子マネー等の新たなツールが社会により浸透していくと、従前の考え方やルールでは対応しきれないことも出てくるだろう。トラブルが起こりにくい仕組みを整備することは、利用者にとってもヘルパーや事業者にとっても必要なことだ。行政も含む介護に関わる皆で、現場の実態と時代に即したルールづくりを進めていくことが求められているのではないだろうか。
加藤拓(かとう たく)
1983年生まれ。生まれつき脳性麻痺による身体障害者で、現在は毎日ヘルパーのケアを受けながら、「皆で考えてつくる医療と介護」をモットーに、講演活動やワークショップの開催を続けている。2020年7月からはヘルパー向けの研修講師も担当している。 趣味はゲームと鉄道に乗ること。