第22回 マニュアルの功罪と限界
私は来年で40歳になるが、言葉遣いに悩む場面が多くなってきた。ヘルパーには年下が増えてきている一方、所属団体や仕事先ではまだ私は辛うじて「若手」の部類に入ることが多い。あまりに馴れ馴れしいのも嫌がられそうな一方で、逆にきっちりしすぎていても距離を強く感じさせてしまう。基本的には誰に対しても(かっちりした敬語ではないが)丁寧語で話しているつもりだが、話の成り行きで友人に使うような砕けた言葉が出ることもある。このくらいが、いい塩梅なのではないかと思っている。
しかし、いい塩梅を探すどころか妙な方向へと進んでいるように見えることもある。バスや鉄道などの交通機関の係員や、若手の医療職の私への接し方には、どうしても違和感を抱くことが多い。それはおそらく、交通事業者側や医療職側が考える“丁寧な”対応と私が考えるそれがすれ違っているからだろう。今回はそのことについて書いてみたい。
私は最近、社協の紹介によってある鉄道会社での研修講師を引き受けた。その研修中、車椅子ユーザーを案内する様子を再現し私がコメントするという一幕があった。先輩と思しき社員から、係員が車椅子ユーザーに声をかける際には必ず目の高さを合わせるようにという強い指摘があった。マニュアルがそうなっているからだろう。しかし、私は自室ではほぼ寝転んで過ごしているため、子どもの頃から今まで親にも友人にもヘルパーにも見下ろされているのが当たり前なのだ。それゆえ、駅員やバスの運転手に物理的に見下ろされていても腹立たしい気持ちにはならない。仮に、改札の窓口に身長185cmの大柄な男性駅員がいて、身長150cmほどの小柄な女性が何か尋ねてきたとしたら、その駅員は屈んで話を聞くだろうか。小さな子どもと話すときならわかるが、大人同士でそんなことはまずしないだろう。少なくとも私は、必要なサポートをしてほしいのであって特別扱いしてほしいわけではないのだ。後日、複数の障害当事者と交通事業者がともに学び合う合同研修会の先輩講師に意見を求めると、「目線の高さなんてどうでもいい」とか「大切なのはそこじゃない」など、私と似たような意見が多く聞かれた。
また、最近若手の医療職の人と話すとき、私が何を言っても一言目に「そうなんですね」と返事をしてくることが極端に多い。医師も看護師も薬剤師もリハビリ職も、職種を問わずそうなのである。あまりにも似たようなやりとりを繰り返すため、私自身、本当に真剣に話を聞いてくれているのか不安に感じる。私のケアに来るヘルパーに、利用者の通院時のことを思い出してみてくれと水を向けてみると、「たしかによく聞く」という反応が複数あった。これには、医療系学生が実習に行くためにOSCE(オスキー)という試験を受けることが影響しているようだ。合格しなければ病院等での臨床実習に行くことができない試験で、その中に患者への接し方(問診の仕方など)の実技があり、合格するためには患者の話をきちんと聞いて受け止めているということを示す、一定の「型」を身につける必要がある。このオスキーは医学部や薬学部など、6年制の学部向けに作られたものだったが、看護や他の学科でも活用され始めているという。どうりで、同じような受け答えをする人が増えるわけである。患者の話をきちんと受け止めていることを示そうとしているやりとりが、逆効果になっているのだから皮肉なものだ。
この2つの例に共通している課題は、マニュアルの中身が当事者の思いとずれていることと、スタッフがマニュアルに頼りきりになっていることだ。もちろん、マニュアルの存在そのものを否定するつもりはない。スタッフの対応をある程度統一しなければ現場は混乱するし、利用客や患者も戸惑うだろう。また、理不尽なクレームが増えていることを考えれば、トラブルの際のよりどころとしての機能も無視はできないからだ。しかし、マニュアルの内容の検証と適切な更新が行われなければ、より良いサービスの提供にはつながらない。サービスを提供する側と利用する側の思いにギャップが全くないことはあり得ないが、より良いものにしていきたいという願いは同じであるはずだ。そのためにはお互いの信頼と、それに基づく対話が必要なのである。
今回挙げた例でいえば、交通事業者はひとりひとりの利用客の、医療従事者は目の前の患者が求めていることを把握し着実にサービスを提供する。利用客や患者はそれに感謝し、課題があれば建設的に意見や要望を伝える。そんな地道なやりとりを積み重ねた先にようやく信頼が芽生え、意味のある対話ができるようになっていくのではないだろうか。上記の合同研修会では、障害当事者と交通事業者が小グループになって話す機会が数多くある。それはまさに、信頼関係を深め対話をすることを目指した取り組みなのだ。このように、双方がギャップを埋める努力をすることによって、サービスの質は磨かれていくのである。
そして、サービスに関わる全ての人は自身の言動が相手にどんな印象を与えるか、折に触れて振り返るべきだ。難しければ、まずは自分が相手の立場だったらどう感じるか、想像してみるといいのではないだろうか。そして、わからないことは機会を見つけて直接聞いてみればいい。わからないことを謙虚に、率直に聞く姿勢もまた、信頼を得ることにつながるはずだ。些細なトラブルでもSNS等で拡散すれば“炎上”してしまうリスクを抱えた難しい時代だからこそ、互いに知恵を出し合い目指すサービスのあり方を考えることの必要性を強く感じている。マニュアルとは、当てはめれば“解”を導くことができる便利な公式ではないのだから。
加藤拓(かとう たく)
1983年生まれ。生まれつき脳性麻痺による身体障害者で、現在は毎日ヘルパーのケアを受けながら、「皆で考えてつくる医療と介護」をモットーに、講演活動やワークショップの開催を続けている。2020年7月からはヘルパー向けの研修講師も担当している。 趣味はゲームと鉄道に乗ること。