「樹(き)のように水のように生きる」

並木 紀子


第9回 2023.12月

危なかったこと

ここまで読んでくださった方は、
「まあ、何て楽でのんきな暮らしなんでしょう」と思われたかも知れませんね。
でも、私にも苦労が無いわけではありません。
中でも最大の危機は事故です。
これまでの15年間で、命の危機に面したことは何度もあります。
しかし、ラッキーにも毎回、有能なヘルパーさんに救われて来ました。
その中のいくつかを書いてみましょう。

【ケース1】
理髪師のKさんという年配の女性が来て、散髪をしてくれていました。片方を切り終えたので、反対側を切るために左向きになったら、「何か息苦しいな」と感じました。
3秒位で我慢が出来なくなって、ヘルパーのSさんに「苦しい!」と訴えました。
Sさんは急いであお向けにして頭を上げ、吸引を始めました。
痰が詰まったのではないかと思って、吸引をしていたのです。
 
ところが、サチュレーションがどんどん下がって行き、20%代になってしまったので、あわててアンビューに切り換えると共に119番をしたのでした。
そのときには、私はもう苦しさを感じなくなり、ただただ眠くて目をつぶってしまいました。
すると、Kさんが私の耳もとで何度も大声で
「のりちゃん、目を開けて!眠っちゃダメ!目を開けて!」と呼んでくれました。
そのおかげで、私はようやく目を開ける事が出来ました。

もし、あのまま眠っていたら、あの世に行ってしまったかも知れません。
SさんとKさんには、とても感謝しています。

結局原因は、新しくなった人工鼻の横についている、細い管のフタが開いてしまっていたためでした。
何の為にこの管がついているのか、また、フタがあるので気をつけるようにするとか、F社の担当者からは何の説明も無く、製品だけが送られて来ていたのです。
F社の担当者の対応には怒りを禁じ得ません。
ひと言注意しておいてくれれば、こんな事にはならなかったでしょう。

その後、責任者と共に担当者を呼んで、厳重に抗議し、今後またこの様なことがあったら告訴すると言いました。
そして、今の担当者は信頼できないので、別の人に代えることを要求しました。責任者はたいへん恐縮して謝罪した上で、担当者を代えてくれました。
新しい担当者は誠実に対応してくれているので、今のところは無事に過ごしています。


【ケース2】
入浴の終わり頃、回路の呼気弁からボーという音がしました。ヘルパーのKさんが気付いて、急いでベッドに戻りました。
入浴サービスのスタッフの中の看護士がアンビューをしている間に、Kさんが回路を交換しました。
一時はサチュレーションが72%まで下がって苦しかったのですが、アンビューをしたら98%に戻りました。 Kさんが落ち着いて指示しながら、手早く交換してくれたので助かりました!

翌日、F社の担当者のSさんが、問題の音がした回路を観に来てくれました。
その結果、Sさんは
「呼気弁からボーという音がしたのは呼気弁に水がたまっていたことが原因。呼気弁自体の故障ではない。
呼気弁を分解するのは不可能ではないが、元通りに組み立てるのが難しいので勧められない。看護士の訪問時と寝る前に、呼気弁を逆さにしてよく振り、水気を取るといい。」と言いました。
また、次のようなアドバイスをしてくれました。
「同じようなインシデントがまた起きたら、アンビューをしながら看護ステーションに電話する。看護士がすぐに来れない時は、119番に電話する。
救急隊員にアンビューをしてもらって、ヘルパーが新しい回路を出して組み立てて、呼吸機とカニューレに同時に接続する。」

これが出来るためには、日ごろから

①携帯をすぐ取れるところに置いておく。充電されているか、チェックしておく。充電する時も、すぐ取れるところで充電すること。

②自分の勤務帯には、どの看護ステーションに電話するのか分かっておくこと。(私から見て、左の壁の張り紙を読んでおく)

③回路を良く観察して、どの部品がどんな順番で組み立ててあるかを理解しておくこと。緊急用回路が、どこにあるか、分かっておくこと。
(他にも、緊急用カニューレ、緊急用ペグが入っている箱を確認しておく)

④アンビューが出来るようにしておくこと。

以上のことが、ヘルパーに求められます。
そこでケアマネに連絡して、これらの事がヘルパー全員に周知できるよう、各事業所に伝えてもらいました。
そして、後日カンファレンスを開き、訪問医からヘルパーに直接、アンビューのやり方を指導してもらいました。

出来るだけの対策はしましたが、問題は各々のヘルパーの資質です。
緊急時にどれだけ慌てずに

*私の状態を観察し、
*何が問題なのか、自分の頭で判断し、
*迅速に適切な行動をする。

これを出来なければ、私の命は1分以内に無くなってしまうでしょう。
もとより、
「いつ死ぬか、分からない。そのときはそのときだ」と覚悟していますので、別に死ぬのは恐くありません。
困るのは、脳に酸素が行かないで生き残ってしまうことです。
植物状態になっても、今の法律では呼吸器をはずすことが出来ません。そんな状態で生き続けなければならないのは、耐えられません。
緊急時になってから、いきなりそんな力を発揮するのは無理でしょう?
だからヘルパーの皆さん、普段から、「観察、判断、行動」の3つの力を意識して介護にあたってください。

新人さんの中には、一から十まで私に聞かなければ何も出来ない人が居ます。
そういう人は、私の具合が悪くなって文字盤さえ見れない時はどうするのでしょう?
ましてや緊急事態になったら、あわてふためいてしまうかも知れません。
そうなったら、たちまち私は死ぬか、植物状態になってしまうでしょう。

呼吸器患者を介護するということは、それほど危機感を持たなければいけないのです。
よく「夜勤のほうが時給が高いし、見守りだけでいいから楽だ」という理由から、夜勤を希望する人が居るようですが、それはとんでもない思い違いです。
夜間のほうが具合が悪くなりやすいし、ステーションに詰めている看護士も少ないのです。

夜勤こそ、より緊張感を持たなければなりません。

どうか、自分の勤務時間中に重大な事故を起こさないように、細心な注意をしてくださいね!
私たち患者の命を預かっているのが、自分なのだという自覚と誇りを持って、ヘルパーとしての仕事をしてください。
よろしくお願いします!

柿の葉紅く 実も赤い
葉っぱは風に散らされて
実は小鳥に食べられて
裸になって 身軽になって
お日さま向けて 枝伸ばす

並木紀子(なみきのりこ)
1951年生まれ。2009年に進行性難病のALSの診断を受け、現在は人工呼吸器をつけ重度訪問介護サービスを24時間利用しながら生活を送っている。
2018年に絵本を自費出版。
「北風ぼうや おおあばれ」 なみき のりこ さん
「体は不自由でも 心は自由です。空を飛びます。風を切って走ります。楽しい歌を歌います。あなたへ 言葉を送ります。のりこさんの 声を聴いてください。」推薦文より私...
「体は不自由でも 心は自由です。空を飛びます。風を切って走ります。楽しい歌を歌います。あなたへ 言葉を送ります。のりこさんの 声を聴いてください。」
推薦文より

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