介護者と二人三脚の子育て~2007年の夏、私は女の子を出産した~後編 X Facebook LINE 2019.12.042019.12.15 介護者と二人三脚の子育て~2007年の夏、私は女の子を出産した~後編 平田真利恵 私が通っていた産婦人科は、今までにも数名の重度障害者の出産に携わってきた病院だった。初診の段階で出産を希望しない人は受け入れないという方針でもあった。だから、私の月1回の検診を受け入れているということは当然この病院で出産もできるのだと疑わないでいた。 「出産しても子供を施設に取られる……こんなに辛い思いをしてるのに……子供を育てられないなんて!」 私は完全にパニック状態で自暴自棄になった。それまでの体力の消耗もあり、自分ではどうして良いのかわからなかくなっていた。 その頃、私の介護をメインとして仕事をしていた介護者が「Nさんに相談してみては?」と言ってくれた。 Nさんは日本における介護保障運動の先駆者で、脳性麻痺による言語障害と四肢麻痺があり足で文字を書いてコミュニケーションを取りっていた。まだ本当に何もない時代に施設から飛び出して、地域で暮らしながらゼロから今の介護制度を作ってきた人だった。私が上京するきっかけとなった障害者団体が、Nさんが委員長を務める組合に加盟していたため面識があった。それまで、あまりお話をした事がなかったが必死の思いで助けを求めた。 Nさんは、車で片道1時間はかかる場所から直ぐに駆け付けてくれて、パニック状態の私の話を聞いてくれた。そして「大丈夫。子供を取られることは決してさせないから。」と言い、病院や行政に連絡を入れ様々な手続きの手配をしてくれた。 その後も全国的な交渉がある中、Nさんは何度も片道1時間もかけて私に病院や行政との交渉のやり方を教えてくれた。ある程度、病院とのやり取りが落ち着いたころNさんに言われた言葉がある。 「障害者が子育てするには介護者は絶対必要だよ。そのためには、辛くても交渉しなくては駄目だからね」 昔から私は、無鉄砲なところがある割に頭でっかちで行動に出ないところもある。妊娠して苦しい中、理想の子育てや家族像を思い描く事があっても、現実には「今までの介護時間と介護人数でいける」と甘く見積もり何の準備もしていなかった。実際のところ、これからは介護者1人で私と生まれてくる子供の2人分の介護をしなければならない。しかも、そのうち1人は本当に何も出来ない、少しでも間違えればすぐに命を落とす新生児だ。 いくら母親である私の責任だろうが、仕事で入る介護者の精神面での苦労は計り知れない。障害者が子育てをするには何倍もの介護者がいなくてはならなく、それを回す事のできる介護時間数と信頼できる事業所がなくてはならなかった。今思えば、産婦人科の医師があの頃の私に「育児ができない人…」と言ったのも当たっていたのかもしれない。 あの時、Nさんが駆けつけてくれなければあの医師の言う通り、産んで直ぐ子供を施設に預ける手続きをする事になっていたかもしれない。 妊娠8カ月目。予定日より3週間早く全身麻酔での帝王切開の日にちが決まる。Nさんのおかげで、病院側にも理解をしてもらえるようになり、それまで付いていなかったソーシャルワーカーの担当者なども決まっていった。その頃から出産までのマタニティーライフは心穏やかに過ごすことができた。 でも、やはり産婦人科の医師から言われたあの言葉に警戒していた。担当のソーシャルワーカーも「そんな事したら人権侵害で訴えられるし、それに介護者さんが沢山入るんだから普通に1人で育児をする人より安心だと思ってる」と言ってはくれていたが…。 出産後、まだ麻酔が効いてるのか頭がボーッとしている。ぺったんこになった下腹部には何とも言えない違和感がある。なんだか身体の一部がなくなったみたいだ。あんなに息もできないくらい苦しかったお腹の重みが無性に恋しくなる。病院のスタッフに無理をいって早めに新生児室から子供を連れてきてもらう。 初めて会った我が子。見た瞬間、現実なのか夢なのか分からなくなるくらい小さくてフニャフニャしていて無条件で可愛い。 私は、不随意運動と筋緊張が自分の意志を妨げる中、我が子を抱きたい一心で左手に全神経を集中させた。すると、小さくてフニャフニャした外見からは想像がつかない程の大きく力強い何かが伝わって自然と涙が溢れた。 あの瞬間、私はこの子のママになったのかもしれない。そして、介護者との二人三脚の子育てがはじまった。 前編はこちら 平田真利恵(ひらたまりえ) 昭和53年生まれ、脳性麻痺1種1級。 2002年の秋、「東京で自立生活がしたい」という思いだけで九州・宮崎から上京。障害者団体で2年ほど自立支援の活動をした後、2007年女の子を出産。シングルマザーとして、介護者達と二人三脚で子育て中。 地域のボランティアセンターで、イラスト作成や講演活動を行なっている。