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『石を積む』~素朴な喜び~

『石を積む』~素朴な喜び~

わたしの



一年中、その川には水がなかった。石がごろごろしている乾いた道がどこまでも続いていた。
あまりにも水が流れていないので町に住む人々はその川のことをカサカサと呼んだ。

ここ最近、2歳になる娘を連れてカサカサに行く。
川沿いのサイクリングロードから川原に降りられる階段があり、娘はその5段くらいの階段を降りては登り、登っては降りることをずっと繰り返していた(なんで子どもって階段が好きなのかなー)。
それから階段を降りたところの草の生えたエリアで草を野菜に見立てたおままごとに移行し、それに飽きるといよいよ川の中に降りて行った。
カサカサには水がないので、乾いた大小様々な石がごろごろした場所が東西にずっとのびているだけである。

川に腰を降ろして娘は砂をバケツいっぱいにして忙しそうに運び、私は娘のお菓子をつまみ食いしながらへたくそなウクレレを弾いた。
以前は水が流れていたのであろう、流れが土を削り断層があらわになっている。黄色い土と赤い土の層に分かれていて、赤い土の中には玉砂利みたいな石が混ざっている。
娘は砂をバケツで運ぶ遊び(本人にとっては仕事)を終えて、私のそばに座った。
そして、その場にあった石を積んで「だるま」と言った。

大きい石を積んで「パパのだるま」。
小さい石を積んで「ママのだるま」。
そのうちさらに小さな、ボタンくらいの石で顔を作ろうとし、それが上手くできないようで泣き出した。
お腹が空いたのかもしれないなー、と思った。
なだめつつ、私も同様に石を積みはじめる。最初はだるまを作り、次はどれだけ高く積めるか挑戦した。家も作った。お城も、トンネルも作った。



石を積む、ただそれだけの単純な遊びが楽しい。
石を積み、崩す。
天然の積み木がここにある。形も大きさも違う石が想像力を掻き立てる。
キャラクターの絵が入った積み木を高い金を払って買う必要もないんだな。お金をかけずに遊べるものが自然の中にはたくさんある。
石をいくつ積み上げられるかやっているといつの間にか熱中している自分がいる。なるべく平らな石を探して積み上げる。
くだらない、と思うかもしれないけど意外と楽しい。人生の中に石を積み上げることだけに熱中したほんのひとときがあってもいいか、なんて自分に言い聞かせたりして…。 高く高く積んでそれが崩れると娘と顔を見合わせて笑った。
よく見てみると青い石と灰色の石が多い。石について調べてみるともっともっと楽しめるかもしれない。石の図鑑を買ってみようかな。その図鑑を持ってまた来よう。

石を積む、で思い浮かべることが二つある。

一つは「賽の河原の石積み」。
親より先に死んだ子どもが親不孝のために苦を受ける。河原で石を積むのである。高く積んでも積んでも地獄の鬼が来て金棒で崩してしまう。子どもたちは際限がない苦役を強いられる。それを救ってくれるのが地蔵菩薩である、と地蔵信仰につながっていく。
賽の河原のイメージは子ども心に怖かったことを覚えている。

二つ目は、つげ義春の漫画「無能の人」の中の石を売る人。
河原で石を売る主人公の男のところに息子がやってきてこう言う。
「父ちゃん、虫けらってどんな虫?」

「誰がそんなこと言ったんだ?」

「母ちゃんがね、父ちゃんは虫けらだって」

「………」

しかし、他の場面では母ちゃんが

「ね、漫画描いてよ。注文がなくてもいいじゃない。漫画描いてよ。あんたには漫画しかないじゃない!あんたのバカ。バカ~~~」と、父ちゃんに泣き付き、お寺の鐘がゴーンと鳴る。
名場面である。

カサカサの地べたに座って娘と石積みをしながらいろいろなことが頭に浮かび、消えていった。

カサカサには自分たちだけではなくたくさんの親子が降りてくる。
乾いた道を歩いたり、落ちてる棒を振り回したり、同じように石を積んだりしている。みんな楽しそう。
以前はこんなに人はいなかった。川に降りている人は全くいなかったし、草の生えてるエリアでさえ遊んでる子どもはいなかった。
バドミントンやボール遊び、鬼ごっこにかくれんぼ。子どもたちの笑い声が響いていた。

気付けば二時間近くカサカサで過ごしていた。
お腹が空いていた。
自転車で風を切って帰る。
空き地でお父さん二人とたくさんの子どもたちがゴムボールで野球をしていた。昔、団地の空き地でよくやったことを思い出した。
新築の建て売り住宅が並ぶ道沿い、家の庭先ではお母さんと女の子たちがシートを広げて座り込み、おままごとをしている。若いお母さんが私を見て会釈をした。私も会釈を返した。
なんだかまるで「三丁目の夕日」の世界が戻ってきたようだ。
七輪を出してさんまでも焼くことができたら完璧だ。我が家には七輪も炭の用意も常にあるけれど、煙が立つと苦情が来そうで近隣住人を気にして焼き物はできない。
近隣住人がどんな人なのかさえよく分からないのだ。

ブランキー・ジェット・シティの歌詞に「第三次世界大戦のシナリオを描いている男」が登場するけれど、ちょっと自分にもそういうところがあるのかなー(汗)。やれやれ。
もちろん戦争反対!惨事は起こしてはいけない。人災も天災も絶対避けたい。幸せでありたい。幸せな世界をつないでいきたい。そのように強く願って生きてきているし、なるべくそのように行動しているつもり。
しかし、国破れて山河あり、ということなのか、この状況が何か新しいあり方を見せてくれているのは確かなのだ。
例えば郊外の大型ショッピングモールで休日を過ごす消費社会の喜びを味わってきた自分たちの(私の)あり方は正しかったのか。
資本主義とか功利主義のなれの果てに自分たちがコストとなり、いかに生産力のある歯車となるかだけを求められてきたことは幸せだったのか。
「石を積む」という笑っちゃうくらい生産性のない、無駄な営みを通して感じる素朴な喜び。それを子どもと(他者と)共有することの喜び。功利主義が求めてきたものと反対の喜びがそこにはある。

しかし、そもそも「子育て」とは常にこのような功利とは別なところに存在する合理性では捉えきれない遠回りを強いられるけれど、生活者に喜び・苦しみ(実感)を与えてくれる素朴な営みではないか。
子育てだけではなく、対人支援もまたきっとそうなのである。
その営みの上に現在の人類の社会が成り立っていることを決して忘れてはいけないのだと思う。
そのようなコツコツと石を積むような営みが千年、万年、十万年と続いてきた。

育てられ、そして育てる。
生まれ、そして死ぬ。
くるくる回って繰り返す。
命のバトンをつないできてくれたからこそ今の自分があることへのリスペクトなしには自分の存在を規定できないのである。
そのことを改めて思い返すきっかけではあるだろう。

さて、また明日もカサカサに行こうと思う。
石について調べてみるともっと面白いかもしれないので今度は図鑑を持って行こう。

以下余談になってしまうが、
私は石碑、地蔵、道祖神など石でできているものを「stone-mail」(石でできた昔の人からのメッセージ)として光を当てられないかずっと考えていた。
例えば一番有名な石碑は東日本大震災のときに取り上げられた『此処より下に家を建てるな』の石碑である。
何かを知らせておかねばならない、後世に伝えておかなければならないメッセージを昔の人はe-mailやLINE、Twitterではなく石に刻んで残した。
ただこの石碑はe-mailと違って一回打つのに時間と労力を要する。一文字打つのに何時間かかるのか考えると気が遠くなる。しかし上手くいけば200~300年後の人にもそのメッセージは届く。

電力もサーバーもメンテナンスもいらない。
ただ特性としてその石のmailは特定の人に向けて打てる訳ではない。そのmailは一つの場所にとどまりそれを読む不特定多数の人に届く(読む人をじっと待つ)。
打った人は200年後の人が読んだかどうか確認することはできない。
なんてロマンチックなのだろう!

いつか「stone-mail」を打ってみたい。

ただこのプロジェクト、石を扱うこと、名前にstoneが入ることによって怪しいスピリチュアルなもの、石を売り付ける新興宗教の類いではないかと誤解を招くおそれがある。 その事態はどうしても避けたい。
さらに高尚なものでもなんでもなくただただ石に文字を彫ってみようとする遊びだ。

なので今、このプロジェクトをどんな名前にするか、どのようにキャッチーかつファニーなものとして認識していただくか検討中である。

現在のところ「石ころ」と呼ぶのがかわいい、ということまでは分かった。
そう「石ころ手紙」みたいなことをやりたいな。

とりとめがなくて、すみません。
読んでいただき、ありがとうございました。



つづく(^_^;)。



【プロフィール】
「わたしの」
1979年生まれ。山梨県出身。
学生時代は『更級日記』、川端康成、坂口安吾などの国文学を学び、卒後は知的障害者支援に関わる。
2017年、組織の枠を緩やかに越えた取り組みとして「わたしの」を開始。
「愛着と関係性」を中心テーマにした曲を作り、地域のイベントなどで細々とLIVE 活動を続けている。
音楽活動の他、動画の制作や「類人猿の読書会」の開催など、哲学のアウトプットの方法を常に模索し続けている。
♬制作曲『名前のない幽霊たちのブルース』『わたしの』『明日の風景』
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